#猫

猫本作りに熱が入って

2冊目の猫本が出来た。 人に読んでもらいたいと思ったわけでなく、こういう本を作りたいと思ったのである。限られた部数の私家版で―。 知り合いの編集スタジオのスタッフに、長谷川巳之吉の第一書房が刊行した「野口米次郎ブックレット」を手渡し、「このサ…

銀猫を31両で売った西行法師

北尾派の祖で、江戸時代中期に江戸の絵本を仕切っていた絵師北尾重政(1739-1820)の門下には、優秀な3人が居た。絵師としてばかりか戯作者として活躍するものもいた。 窪俊満(南陀伽紫蘭。1757-1820) 北尾政演(山東京伝。1761-…

天平時代のキョンシー

猫と僵屍を調べて行くうちに、妙な事が分かってきた。キョンシー、僵屍の考えが日本に伝わったのは、はるか昔の奈良時代。それも仏典を通してで、しかも、僵屍は、「殺人兵器」だというから、驚いてしまった。 キョンシーは「起屍鬼」と表記されて「本願薬師…

江南の蚕猫と僵屍伝承

猫が死体をキョンシー(僵屍)として生き返らせる話が、中国にあることを知ったのは、劉金挙・夏晶晶「近代初頭に至るまでの日本文芸における『猫』」(札幌大学総合論叢46号、18年10月)でだった。 WEBで閲覧出来て、「確かな記録はないようである…

通夜のキョンシー説話と蚕猫

死体に猫が近づくと死体が起き上る下総国の話が、平岩米吉「猫の歴史と奇話」(85年、動物文学会)に記されている。 「小金の脇の栗ヶ沢村(現、千葉県東葛飾郡)という所のやもめ暮しの老女が死んだ時、土地の若者どもが戯れに三毛の大猫を捕えて死人の上…

寅彦の飼猫、三毛と玉

短編なのに、最後まで読み通せない作品がある。子母澤寛(1892-1968)の「ジロの一生」(「愛猿記」=56年、文春新社)。あまりにけなげなジロという犬が悲しくて、涙で最後まで読み切れないのだ。 可愛がれていたジロだが、新米の飼犬アカに主人…

鳥獣戯画絵巻施入と湛慶と

西行法師が鎌倉の鶴岡八幡宮で源頼朝から貰った銀製の猫をめぐって、つらつらと書いてきた。銀猫は残っていないが、同時代の中国・宋の写実主義絵画の猫をもとに作られたと推測した。さらに、時代は40年ほど下るが慶派の仏師湛慶が制作した京都栂尾・高山…

猫の絵を通して鳥獣戯画を見直す

猫を通して、鳥獣戯画を見てみることにした。 高山寺に伝わる鳥獣戯画は20数種の動物が登場する絵巻4巻で、まんがの元祖といわれるように、動物(人間も)の動きが活き活きと描かれている。 また鳥獣戯画には他に伝承された模本などがあり、高山寺本は切…

蘇鉄と信長猫

滋賀県は10月に安土城天主台の周辺調査を開始した。20年がかりの計画という。 安土城の大庭には蘇鉄が植えられていたと、歌舞伎、浄瑠璃「絵本太功記」(1799)に出てくるのを思い出した。織田信長は堺の寺院「妙国寺」の庭に植えられていた大蘇鉄が…

たくらだ猫とインドキョン

猫の諺はたくさんあるが、「タクラダ猫ノ隣アリキ」という諺があるのは、知らなかった。安土桃山時代の頃の諺として書き留められていたのだった。 藤井乙男編「諺語大辞典」(明治43年、有朋堂)を見ると、 タクラダ猫ノ隣アリキ タクラダは愚鈍なる者をい…

猫の目時計を句にした鬼貫

早朝散歩で出会った猫は、すでに瞳は針のように細く、はや正午を告げていた。ノルウエーの猫の血をひいているという。 さて、猫の目が時を告げるという「猫の目時計」に関して、江戸時代の記述で新たな例を見つけた。文化11年(1814)、雑学家の石塚豊…

フクロウのアイスクリーム店

「梟をねこと(ど)りといへるは、かれか(が)頭の、猫に似たるよりいふ、と人みなおもへり」 江戸時代の国学者中島廣足の文章を前に記した。廣足はフクロウをネコドリと西国で呼ばれていることをあげつつも、名の由来はフクロウの頭が猫に似ているからでは…

「猫頭巾」と「猫をかぶる」

猫頭巾という頭巾があるのを知った。 江戸時代に火消しが火事場で被った丈夫な頭巾だとのことだった。火の粉や熱風を防ぐためのものらしい。しかしー。 江戸時代より100年以上前の1499年に編集された俳諧連歌撰集「竹馬狂吟集」に出てくる「猫頭巾」…

通夜の猫の迷信再び

通夜に猫を近づけるな、という迷信を前に書いた。相模地方、壱岐島、茨城・常総では明治、大正時代まで、猫が近づくと死体が化けて立つという迷信があり、蒲団の上に織物の道具、杼(ひ)や桛(かせ)を置いて猫を遠ざけたというものだ。 中国、朝鮮半島にも…

梅雨前の早朝散歩

土日の早朝散歩を始めた。5~6時ごろに出発し、1時間ほど歩いて戻る。 小川沿いに歩き、大通りにぶつかる前にUターンする。 リードを付けて猫と散歩する壮年の男性とも出会った。猫と散歩できるのは羨ましいですなあ、と立ち話をすると、冬の寒い日も5…

猫股と蛭飼

私の高校時代からの知人の歯科医院まで、細は1時間近く電車に乗って歯のチェックに行った。知人は年下の奥さんと2人で治療に当たっている。「今までは妻が一人前の働き、私は高齢で半人前の働きでしたが、最近は夫婦合わせて1人前です」と話していたとい…

富土卵の言葉遊びと不思議な猫の絵

京の洒落本作家で俳人の富土卵(とみ・とらん)が「狼狽(うろたへ)散人」の筆名で書いた「花實都夜話(かじつみやこやわ)」(寛政5年=1793)で、不思議な挿絵を見つけた。 おそらく本人が描いたのだろう。やかんや庖丁、鍋、釜、擂粉木などの絵は、…

猫の名の起源はフクロウだと言った国学者

ねこの名が付いた鳥にはウミネコ(似た鳴き声からだろう)があるが、「ねことり」と呼ばれるものがあるのを、江戸時代の随筆で知った。 おそらく「ねこどり」と発音したのだろう、フクロウのことだという。 「西国にて、梟をねことりといへるは、かれか頭の…

ダン王の黒猫と法隆寺御開帳

猫で有名になり、今では猫目当ての参拝客で賑わう洛西の梅宮大社であるが、江戸時代この神社には国学者の橋本経亮(1755-1805)という神官がいた。 経亮は、随筆集「橘窓自語」を著し、その中で京都三条大橋の近くにあった「ダン王」こと檀王法林寺…

南陀伽紫蘭(なんだかしらん)の描く猫

江戸時代の戯作者に「なんだかしらん」という人物がいる。「南陀伽紫蘭」と表記している。 現代にも「南陀楼綾繁」(なんだろうあやしげ)という物書きがいるので、ご先祖のような名前だと興味を持っている。 紫蘭は、もともと画師として知られた窪俊満(1…

「かぶねこ」と「ごんぼう」の短尾猫

浮世絵に描かれた猫の尾を長い尾、短い尾、ボブテイルの3つに分けたが、短尾とボブテイルを一緒にして、「短尾」として括るケースが多いようだ。確かにbobtailの意味には、無尾のほか短尾も含まれている。 ただし、浮世絵で歌川国芳が好んで描いた猫の短い…

浮世絵猫の尻尾は3タイプ

幕末から明治初頭に活躍した仮名垣魯文(1829-1894)は、芸妓を猫と言い出したことで知られる。芸妓の内幕を描き、「猫々奇聞」「猫晒落誌」などのタイトルで連載して評判になったという。 自ら猫々道人(みょうみょうどうじん)と名乗り、また榎本…

春草の「黒き猫」と泣菫の一言

重要文化財「黒き猫」の作者、菱田春草(1874-1911)は明治時代、日本画の改革を進める岡倉天心、横山大観らとともに、日本画壇から猛反発を受けながら、新しい日本画の道を切り開いた人物として知られる。 36歳で亡くなったため、大観の陰に隠れているが、…

武芸の極意を伝授した猫

猫にも「名人伝」があるとすると、この猫が第一候補なのだろうか。 こんな話を最近知った。知られた話らしい。 江戸時代、勝軒という剣術者の家に、大きな鼠が出て昼間から暴れた。鼠を部屋に閉じ込め、手飼いの猫を入れて退治することにした。鼠は予想外に…

百亀の小噺に出てくる銀の猫

偶然聞いた落語で興味を持った小松屋百亀(1720-1794)について、さらに調べて見た。 「擬宝珠」の原形の小噺が収録された「聞上手」の直後、続編の「聞童子」(安永4=1775)が刊行されていたことを知り、こちらも目を通した。 落語「一目上…

ねずみと「ぬ」の字

平熱なのだが、訳あってクリスマス明けまで禁足状態になってしまったので、猫とまた自室で何かを考えて過ごすことにした。 猫も関心を持つだろうから、落語「金閣寺」に出て来るネズミの絵について考えてみた。 ある寺の小僧が、門前の花屋で≪実は私はただの…

人間万事西行の銀猫

古書肆から取り寄せた「川柳狂詩集」(昭和3年、有朋堂書店)を流し読みして、ある川柳を見つけた。文政年間(1818-1830)の作品の部にあった、一之という作者のものだ。 煙管(きせる)がなんぼ出来ベイナア此猫で 西行の銀の猫 源頼朝から西行が…

升おとしと借りた猫

帰宅すると、猫が木桶の中に納まっていた。 細に、いくらなんでも飯台はまずいだろう、と注意すると、飯台ではない、贈答で溜まった京粕漬「魚久」の木桶、捨てるのはもったいないので、猫用にした、という。 猫は丸いものが好きで、丼に入った猫の写真が一…

空飛ぶ猫多羅天女

空飛ぶ猫、空飛ぶ化け猫の話が江戸時代の後期に書き残されているのを知った。 文化年間(1804-1818)に刊行された鳥翠台北茎(ちょうすいだい・ほっけい)「北国奇談巡杖記」に、「猫多羅天女の事」という話が掲載され、空飛ぶ猫が出てくるのだ。 …

猫と花瓶を巡るたたかい

我家の猫はノラだったせいか、飼い主の私達以外には心を許さない。息子の家族もダメで、玄関でピンポーンとなると、押し入れなどに隠れてしまう。孫娘が探し出して触ると、猫は緊張して目を瞠り、後ずさりする。 最近は、夕食を息子一家4人で食べに来ること…