#猫

猫好きの老鼠堂

今回も猫と一緒に考える。 俳諧師と猫の事。 俳諧の世界も、いきなり江戸から東京に変わったわけではない。正岡子規が始めた俳句刷新の動きは、明治30年(1897)に「ホトトギス」の旗揚げによって本格化していく一方、30年代になっても江戸時代の面…

西行人形と初辰猫

五代目市川團十郎には猫の逸話はなさそうだったが、五代目が狂歌で名を出した鯛屋貞柳の作品を調べていると、西行の銀猫の逸話を狂歌にしているのを見つけた。 平泉に向かう西行が途上の鎌倉で頼朝から銀作猫を貰ったが、遊んでいた子供にあげてしまった話は…

猫飯と犬車の話

子供時代は夏休みになると、祖母の大阪の家に泊まりに行った。小学生の姉と2人きりで出かけたこともある。「こだま」は、当時東京―大阪間6時間50分かかったので、心細かった。出発前に、母が心配して列車に乗り込み、見ず知らずの隣席の男性に「この子た…

二代目團十郎の猫

猫好き講談師、猫遊軒伯知(1856-1932)について触れたが、猫の講談では、桃川如燕(ももかわ・じょえん、1832-1898)という先輩の大物講談師がいた。 鍋島藩の化猫など猫をテーマにした「百猫伝」の講談が評判を呼び、明治天皇の御前で口…

猫の目時計の歌があった

猫の目時計について、金井紫雲(1887-1954)が、興味深い古歌を紹介していた(「動物と芸術」昭和7年、芸艸堂)。 六つ円く、五七卵に四つ八つは柿のたねなり、九つは針 というものだ。 六つ=午前6時 猫の目は 円 五つ=午前8時 猫の目は 卵 七…

猫恐怖症の猫怖ぢ大夫

私の姉は、子どもの頃、激しい鳥恐怖症だった。鳥の翼が怖いらしく、小鳥でさえ見ると逃げるのだった。私にはその怖さが理解できなかった。ある休日の朝、親戚の男性が、撃ちとった雉を持って現れた。私は思いついて、それを手にすると、まだ寝て居た姉のと…

猫遊軒と嵐雪・烈女の猫

講談師に猫遊軒伯知(びょうゆうけん・はくち。1856-1932)という人物がいるのを知った。結構知られているらしい。「猫遊軒」などと名乗るのは、猫好きだからだろうと思うがはっきりしない。確かめようと、「小幡小平次」の講談が残っている(大正…

正午牡丹と眠り猫

洋画家の中川一政画伯が、「正午牡丹」という文章を書き、著作の表題にもしているのを知った。 前に、牡丹と猫の取り合わせの画題に触れ、本来は正午に咲きほこる牡丹を表すために、時計代わりに猫の目を添えたのが始まりではないか、という鶴ケ谷真一氏の文…

名無しの猫を追いかけて

二葉亭四迷が溺愛した名無しの猫は、その後手掛かりがないので、一旦探索は終わりにすることにした。 二葉亭が猫を愛する一方で、俳句も盛んにつくっていた発見もあった。猫と俳句、夏目漱石とこの点でも似ていた。 ベンガル湾航海中に客死してから5年後、…

ハルビンで連行された愛犬家四迷

知人宅の隣家の飼猫が、前から我が家の猫に似ているのが気になって居た。似ていることを話すと、わざわざ、抱いて連れて来てくれた。体は大きいし、年齢は大分上ではあるが、やはり目つき、表情がそっくり。なんだか、わが家の猫に睨みつけられているような…

四迷の愛犬マル探し

休日に長男家族と多磨墓地、小平霊園へ墓参りにいった。道中、長男に「うちの猫がネコジャスリを気に入っている」と報告すると、あのプラスティック製のやすりは、猫のざらざらした舌を再現したものなので、猫は他の猫になめられているような気分になって気…

四迷に付いてきたノラ犬

日記や書簡を頼りに、二葉亭四迷の猫の情報をさらに得られないか、と思った。 猫でなく、犬が出て来た。 日付のない、伯父の後藤有常宛ての手紙の末に、発句が4つ添えられていて、 「愛犬を失ひて」と題して 「その声のどこやらにして風寒し」 と、失った愛…

「ねこじゃすり」から二葉亭の名無し猫まで

母の日ばかりか、父の日も、長男夫婦が毎年ちょっとしたプレゼントを用意してくれる。ちょっと面はゆい。 今年の母の日は、ガーデニング用の日よけ対策クリーム一式、(早めの)父の日は「ねこじゃすり」だった。 私は「ねこじゃすり」を知らなかった。 プラ…

未乾と泣菫と猫の蔵書票

船川未乾画伯が創元社の刊行物を集中的に装幀をした経緯を知りたくなった。 同出版社を創設した矢部良策の人生を綴った格好の著作、大谷晃一「ある出版人の肖像―矢部良策と創元社」(88年、創元社)を見つけた。 創元社は、大正14年(1925)、父・矢…

猫の日なれば一茶、大江丸

2月22日はにゃあにゃあにゃあで、猫の日なのだという(1987年制定)。 今調べている天明、寛政期の俳諧師にも猫の句は少なくない。 大坂の大伴大江丸には、下の句。 ねこの恋鼠もいでて御代の春 きりぎりす猫にとられて音もなし 春たつといふは(ば)…

江戸後期の猫薬と瀧澤路のこと

江戸後期の天保13年(1842)に刊行された犬の飼育法「犬狗養育法」(暁鐘成)をwebで読んでいたら、大阪心斎橋にあった「清水堂滄海堂」が販売する犬の薬が各種紹介されていた。 その中の「柔狗強壮散」は、文字通り、柔な(虚弱体質の)犬を強壮に…

画から飛び出さない也有の猫

江戸時代、動物を描いた画の褒め方に、絵から飛び出て本物の動物に変わるというパターンがあったようだ。 「雨月物語」(1776年刊)には、三井寺の僧興義が臨終に際して、紙に書いた鯉の絵を琵琶湖に散らすと、鯉が泳ぎ出した、という話(夢応の鯉魚)が…

猫と食事する淡々の屁理屈

うちの猫は、食事中テーブルに飛び乗ってくることがある。細は、叫び声をあげるが、猫は堂々としていて、尻を押しても、踏ん張って降りようとしない。私が注意して下ろすと、床でケロッとしている。「貴方が甘やかすから、こんな猫になってしまったのだ」と…

知人の庭の猫と花

休日に、家族で知人の珈琲店へランチを食べに行った。奥武蔵の山並みが間近で、空気もいいので、気持ちがいい。 孫娘もつれていく。冬以外は庭に花が咲き乱れているので、花摘みを楽しみにしているのだ。私は、駐車場の横で、ホオズキを見つけてひとつ摘み、…

猫用にショールを購入した

コロナ自粛が緩和されてから初めて、神保町の猫の古レコード店に顔を出した。 少しずつ、お客さんが戻って来たという。猫は奥の棚の中でじっとしていたが、呼ぶと出てきた。撫でられるのが好きな猫なので、しばらく撫でて過ごした。 主人によると、コロナ自…

わが家のカウチ猫

夜10時ごろ、BSで岩合さんの猫歩きの番組(たいていが再放送)が始まる時間になると、猫のためにテレビをつけることがある。 猫番組が好きな、わが家の猫は、ほっておくと、1時間まるまる見ていることがある。 以前は、テレビに前足を押し付けて画面の…

長塚節「土」に描かれていた猫除けの迷信

通夜に、決して猫を近づけない風習について「民族と歴史」(大正11年3月号)で知り、韓国・晋州の報告例と、日本の相模地方の類似について8年ほど前に書いた。 その後長崎県壱岐島で、似た事例があったのを「壹岐島民俗誌」(昭和9年)を読んで気付き、…

銀猫と仔犬

高山寺のことを調べていると、近所の神護寺とともに京の山中の一寺院でありながら、12-13世紀の文化発信の重要な拠点だった、と思うようになった。 結論を急がず、一歩一歩進んでいくとー。 運慶の長男湛慶が高山寺の木彫を手掛けた嘉禄元年(1225…

西行の猫と明恵の仔犬

もう7年も前、私は、西行法師が71歳の時に17歳の明恵上人と会った、と軽率に書いた。これが怪しいことが、今回の銀猫探索で分かった。 2人が会ったことは、明恵の弟子喜海が書いた「明惠上人伝記」に記されている。そこで、確かめてみた。 西行は出て…

「銀猫」探しは続く

郵便受けを覗きに出ると、本が届いていた。 川田順「西行研究録」(昭和16年10版、初版は同14年11月)。ざっと目を通すが、期待した記述はなかった。 銀猫について、あらためていきさつを以下のように書いていた。 「南都東大寺は治承四年十二月平重…

川田順の銀猫探し

彫刻家松山秀太郎氏の言葉をきっかけに、西行の銀猫探しを始めることにした。 どんな結果が待ち受けているか。期待外れの可能性もある。 同氏の書簡の確認から始めると 「西行が頼朝に貰った銀猫を門口で何の屈託もなくただちに子供に与へたと云ふのは傳説で…

西行の猫再び

西行の銀猫のエピソードについて、前に触れた。その後、この逸話は、江戸時代から画家たちの恰好の題材として扱われてきたのだと知った。 銀猫のエピソードとは、平泉に向かう途中に西行法師が、鎌倉の鶴岡八幡宮で、源頼朝と出会い、流鏑馬の故実を教えた、…

神保町のネコとジネズミ

6月に入って、神保町の古書店街が店をあけたので、昼に散歩に出た。 緊急事態宣言下の5週間は、古書店が一斉休業。街は寂しいものだった。6月になって宣言は継続されたものの、緩和措置とやらで、休業解除を決めたようだった。 やっこ寿司に寄ってから、…

ゴシキヒワを狙うバロッチの猫

心配事が多く、気分を変えるために休日、明るい音楽を聴いて過ごすことにした。 まずしばらく聴いていないヴィヴァルディの「フルート協奏曲作品10の3」。副題が「ゴシキヒワ」で、日本には生息しない欧州の色鮮やかな五色の鳥の賑やかな鳴き声を模した明…

子猫と椋鳥

届いた「完訳クルイロフ寓話集」には、猫が登場する話が9つあった。 イソップなどギリシア時代からの物語なのか、オリジナルなのかは分からない。 猫は、食糧を盗み食いする存在として描かれるのが大半だが、川カマスに忠告し命を助ける猫、狼に村人のこと…