#猫

春草の「黒き猫」と泣菫の一言

重要文化財「黒き猫」の作者、菱田春草(1874-1911)は明治時代、日本画の改革を進める岡倉天心、横山大観らとともに、日本画壇から猛反発を受けながら、新しい日本画の道を切り開いた人物として知られる。 36歳で亡くなったため、大観の陰に隠れているが、…

武芸の極意を伝授した猫

猫にも「名人伝」があるとすると、この猫が第一候補なのだろうか。 こんな話を最近知った。知られた話らしい。 江戸時代、勝軒という剣術者の家に、大きな鼠が出て昼間から暴れた。鼠を部屋に閉じ込め、手飼いの猫を入れて退治することにした。鼠は予想外に…

百亀の小噺に出てくる銀の猫

偶然聞いた落語で興味を持った小松屋百亀(1720-1794)について、さらに調べて見た。 「擬宝珠」の原形の小噺が収録された「聞上手」の直後、続編の「聞童子」(安永4=1775)が刊行されていたことを知り、こちらも目を通した。 落語「一目上…

ねずみと「ぬ」の字

平熱なのだが、訳あってクリスマス明けまで禁足状態になってしまったので、猫とまた自室で何かを考えて過ごすことにした。 猫も関心を持つだろうから、落語「金閣寺」に出て来るネズミの絵について考えてみた。 ある寺の小僧が、門前の花屋で≪実は私はただの…

人間万事西行の銀猫

古書肆から取り寄せた「川柳狂詩集」(昭和3年、有朋堂書店)を流し読みして、ある川柳を見つけた。文政年間(1818-1830)の作品の部にあった、一之という作者のものだ。 煙管(きせる)がなんぼ出来ベイナア此猫で 西行の銀の猫 源頼朝から西行が…

升おとしと借りた猫

帰宅すると、猫が木桶の中に納まっていた。 細に、いくらなんでも飯台はまずいだろう、と注意すると、飯台ではない、贈答で溜まった京粕漬「魚久」の木桶、捨てるのはもったいないので、猫用にした、という。 猫は丸いものが好きで、丼に入った猫の写真が一…

空飛ぶ猫多羅天女

空飛ぶ猫、空飛ぶ化け猫の話が江戸時代の後期に書き残されているのを知った。 文化年間(1804-1818)に刊行された鳥翠台北茎(ちょうすいだい・ほっけい)「北国奇談巡杖記」に、「猫多羅天女の事」という話が掲載され、空飛ぶ猫が出てくるのだ。 …

猫と花瓶を巡るたたかい

我家の猫はノラだったせいか、飼い主の私達以外には心を許さない。息子の家族もダメで、玄関でピンポーンとなると、押し入れなどに隠れてしまう。孫娘が探し出して触ると、猫は緊張して目を瞠り、後ずさりする。 最近は、夕食を息子一家4人で食べに来ること…

猫好きの老鼠堂

今回も猫と一緒に考える。 俳諧師と猫の事。 俳諧の世界も、いきなり江戸から東京に変わったわけではない。正岡子規が始めた俳句刷新の動きは、明治30年(1897)に「ホトトギス」の旗揚げによって本格化していく一方、30年代になっても江戸時代の面…

西行人形と初辰猫

五代目市川團十郎には猫の逸話はなさそうだったが、五代目が狂歌で名を出した鯛屋貞柳の作品を調べていると、西行の銀猫の逸話を狂歌にしているのを見つけた。 平泉に向かう西行が途上の鎌倉で頼朝から銀作猫を貰ったが、遊んでいた子供にあげてしまった話は…

猫飯と犬車の話

子供時代は夏休みになると、祖母の大阪の家に泊まりに行った。小学生の姉と2人きりで出かけたこともある。「こだま」は、当時東京―大阪間6時間50分かかったので、心細かった。出発前に、母が心配して列車に乗り込み、見ず知らずの隣席の男性に「この子た…

二代目團十郎の猫

猫好き講談師、猫遊軒伯知(1856-1932)について触れたが、猫の講談では、桃川如燕(ももかわ・じょえん、1832-1898)という先輩の大物講談師がいた。 鍋島藩の化猫など猫をテーマにした「百猫伝」の講談が評判を呼び、明治天皇の御前で口…

猫の目時計の歌があった

猫の目時計について、金井紫雲(1887-1954)が、興味深い古歌を紹介していた(「動物と芸術」昭和7年、芸艸堂)。 六つ円く、五七卵に四つ八つは柿のたねなり、九つは針 というものだ。 六つ=午前6時 猫の目は 円 五つ=午前8時 猫の目は 卵 七…

猫恐怖症の猫怖ぢ大夫

私の姉は、子どもの頃、激しい鳥恐怖症だった。鳥の翼が怖いらしく、小鳥でさえ見ると逃げるのだった。私にはその怖さが理解できなかった。ある休日の朝、親戚の男性が、撃ちとった雉を持って現れた。私は思いついて、それを手にすると、まだ寝て居た姉のと…

猫遊軒と嵐雪・烈女の猫

講談師に猫遊軒伯知(びょうゆうけん・はくち。1856-1932)という人物がいるのを知った。結構知られているらしい。「猫遊軒」などと名乗るのは、猫好きだからだろうと思うがはっきりしない。確かめようと、「小幡小平次」の講談が残っている(大正…

正午牡丹と眠り猫

洋画家の中川一政画伯が、「正午牡丹」という文章を書き、著作の表題にもしているのを知った。 前に、牡丹と猫の取り合わせの画題に触れ、本来は正午に咲きほこる牡丹を表すために、時計代わりに猫の目を添えたのが始まりではないか、という鶴ケ谷真一氏の文…

名無しの猫を追いかけて

二葉亭四迷が溺愛した名無しの猫は、その後手掛かりがないので、一旦探索は終わりにすることにした。 二葉亭が猫を愛する一方で、俳句も盛んにつくっていた発見もあった。猫と俳句、夏目漱石とこの点でも似ていた。 ベンガル湾航海中に客死してから5年後、…

ハルビンで連行された愛犬家四迷

知人宅の隣家の飼猫が、前から我が家の猫に似ているのが気になって居た。似ていることを話すと、わざわざ、抱いて連れて来てくれた。体は大きいし、年齢は大分上ではあるが、やはり目つき、表情がそっくり。なんだか、わが家の猫に睨みつけられているような…

四迷の愛犬マル探し

休日に長男家族と多磨墓地、小平霊園へ墓参りにいった。道中、長男に「うちの猫がネコジャスリを気に入っている」と報告すると、あのプラスティック製のやすりは、猫のざらざらした舌を再現したものなので、猫は他の猫になめられているような気分になって気…

四迷に付いてきたノラ犬

日記や書簡を頼りに、二葉亭四迷の猫の情報をさらに得られないか、と思った。 猫でなく、犬が出て来た。 日付のない、伯父の後藤有常宛ての手紙の末に、発句が4つ添えられていて、 「愛犬を失ひて」と題して 「その声のどこやらにして風寒し」 と、失った愛…

「ねこじゃすり」から二葉亭の名無し猫まで

母の日ばかりか、父の日も、長男夫婦が毎年ちょっとしたプレゼントを用意してくれる。ちょっと面はゆい。 今年の母の日は、ガーデニング用の日よけ対策クリーム一式、(早めの)父の日は「ねこじゃすり」だった。 私は「ねこじゃすり」を知らなかった。 プラ…

未乾と泣菫と猫の蔵書票

船川未乾画伯が創元社の刊行物を集中的に装幀をした経緯を知りたくなった。 同出版社を創設した矢部良策の人生を綴った格好の著作、大谷晃一「ある出版人の肖像―矢部良策と創元社」(88年、創元社)を見つけた。 創元社は、大正14年(1925)、父・矢…

猫の日なれば一茶、大江丸

2月22日はにゃあにゃあにゃあで、猫の日なのだという(1987年制定)。 今調べている天明、寛政期の俳諧師にも猫の句は少なくない。 大坂の大伴大江丸には、下の句。 ねこの恋鼠もいでて御代の春 きりぎりす猫にとられて音もなし 春たつといふは(ば)…

江戸後期の猫薬と瀧澤路のこと

江戸後期の天保13年(1842)に刊行された犬の飼育法「犬狗養育法」(暁鐘成)をwebで読んでいたら、大阪心斎橋にあった「清水堂滄海堂」が販売する犬の薬が各種紹介されていた。 その中の「柔狗強壮散」は、文字通り、柔な(虚弱体質の)犬を強壮に…

画から飛び出さない也有の猫

江戸時代、動物を描いた画の褒め方に、絵から飛び出て本物の動物に変わるというパターンがあったようだ。 「雨月物語」(1776年刊)には、三井寺の僧興義が臨終に際して、紙に書いた鯉の絵を琵琶湖に散らすと、鯉が泳ぎ出した、という話(夢応の鯉魚)が…

猫と食事する淡々の屁理屈

うちの猫は、食事中テーブルに飛び乗ってくることがある。細は、叫び声をあげるが、猫は堂々としていて、尻を押しても、踏ん張って降りようとしない。私が注意して下ろすと、床でケロッとしている。「貴方が甘やかすから、こんな猫になってしまったのだ」と…

知人の庭の猫と花

休日に、家族で知人の珈琲店へランチを食べに行った。奥武蔵の山並みが間近で、空気もいいので、気持ちがいい。 孫娘もつれていく。冬以外は庭に花が咲き乱れているので、花摘みを楽しみにしているのだ。私は、駐車場の横で、ホオズキを見つけてひとつ摘み、…

猫用にショールを購入した

コロナ自粛が緩和されてから初めて、神保町の猫の古レコード店に顔を出した。 少しずつ、お客さんが戻って来たという。猫は奥の棚の中でじっとしていたが、呼ぶと出てきた。撫でられるのが好きな猫なので、しばらく撫でて過ごした。 主人によると、コロナ自…

わが家のカウチ猫

夜10時ごろ、BSで岩合さんの猫歩きの番組(たいていが再放送)が始まる時間になると、猫のためにテレビをつけることがある。 猫番組が好きな、わが家の猫は、ほっておくと、1時間まるまる見ていることがある。 以前は、テレビに前足を押し付けて画面の…

長塚節「土」に描かれていた猫除けの迷信

通夜に、決して猫を近づけない風習について「民族と歴史」(大正11年3月号)で知り、韓国・晋州の報告例と、日本の相模地方の類似について8年ほど前に書いた。 その後長崎県壱岐島で、似た事例があったのを「壹岐島民俗誌」(昭和9年)を読んで気付き、…