吏登の暑苦しい句

京都の知人らと夜、久しぶりに事務所近くの店で食事した。夏の暑さで知られる京都からやって来た知人は、「東京は暑い。京都より暑い」と、連日の猛暑日が続いている6月末の東京の暑さに唸っていた。 最近、「人はどういふ場合に炎熱を感ずるか」と、江戸時…

ミサゴずしと和蘭陀人ヅーフ

前に、松原さんという鷹匠が、魚を捕る鷹、ミサゴと出くわして、驚いたミサゴが咥えていたクロダイを磯に落としてしまい、松原さんが刺身にしておいしく食べた話を紹介した。 みさごずし、という言葉があるのを最近知った。ミサゴが捕って岩陰などに置いた魚…

ハルビンで連行された愛犬家四迷

知人宅の隣家の飼猫が、前から我が家の猫に似ているのが気になって居た。似ていることを話すと、わざわざ、抱いて連れて来てくれた。体は大きいし、年齢は大分上ではあるが、やはり目つき、表情がそっくり。なんだか、わが家の猫に睨みつけられているような…

四迷の愛犬マル探し

休日に長男家族と多磨墓地、小平霊園へ墓参りにいった。道中、長男に「うちの猫がネコジャスリを気に入っている」と報告すると、あのプラスティック製のやすりは、猫のざらざらした舌を再現したものなので、猫は他の猫になめられているような気分になって気…

四迷に付いてきたノラ犬

日記や書簡を頼りに、二葉亭四迷の猫の情報をさらに得られないか、と思った。 猫でなく、犬が出て来た。 日付のない、伯父の後藤有常宛ての手紙の末に、発句が4つ添えられていて、 「愛犬を失ひて」と題して 「その声のどこやらにして風寒し」 と、失った愛…

「ねこじゃすり」から二葉亭の名無し猫まで

母の日ばかりか、父の日も、長男夫婦が毎年ちょっとしたプレゼントを用意してくれる。ちょっと面はゆい。 今年の母の日は、ガーデニング用の日よけ対策クリーム一式、(早めの)父の日は「ねこじゃすり」だった。 私は「ねこじゃすり」を知らなかった。 プラ…

川端康成とペンギン検印紙

ペンギンのような検印紙が気になったので、新聲閣発行の他の書籍を取り寄せた。 おなじペンギン風の検印紙だった。書籍発行の昭和15年当初から新聲閣の検印紙の図案だと確認できた。 思いがけない発見は、ペンギンのような動物に捺された検印が、記号だっ…

ペンギンのような不思議な検印紙

前に京都の甲鳥書林の特色ある「検印紙」に触れた。 森田草平の猫の絵の印や、堀辰雄の一琴一硯之楽の印が捺された同社の検印紙は、大きさも4.8cm×5.5cm の見事なものだった。 最近になって、4.3cm×6.0cmと、タテがもっと長い検印紙と出…

20年代パリの美術品収集

石井柏亭「巴里日抄」を読んで、1923年当時のパリに沢山の邦人画家がいたのに驚いたが、おおきな要因は円高だったようだ。第一次世界大戦(1914-1918)の終結後、連合国側の日本は好景気で、円相場が高騰した。 当時パリに遊学していた文学者成…

未乾のパリ滞在と石井柏亭「巴里日抄」

船川未乾画伯夫妻のフランス留学の様子を知りたいと思っているが、たどり着けない。 滞仏の時期が重なる画家の石井柏亭の2度目のパリ訪問の日記「巴里日抄」(「滞欧手記」大正14年)を見つけた。 石井の1923年1月から2月の日記には、画家など沢山…

比叡の大蟻伝説とヘロドトスの大蟻

孫娘のおかげで、蟻について気に留めていたことを思い出した。 比叡山と比良山系の2つの滝に、「大蟻伝説」があることだ。不思議な大蟻なのだ。 1) 大津市坂本本町 「蟻が滝」の大蟻伝説 若き日の伝教大師最澄が、日吉大宮の橋殿あたりから比叡山を目指し…

「あれ何?」散策

連休中に、一時預かった3歳の孫娘を連れて、近くの沼まで散歩に出た。孫は、舗道沿いや、舗石の隙間の土に咲いているヒメジオン、アカツメクサ、カタバミを指さして、「あれ何?」とやたら質問して名前を聞きたがる。タンポポは知っているらしく、質問しな…

知恩院三門を舞台にした「織田信長」

大正11年(1922年)京都の洋画家船川未乾は、京都商業会議所で個展を開いた後、4月に夫人と一緒にフランスに渡航した。 京都ではこの年、龍谷大、大谷大、立命館大が大学設立の認可を受け、大学都市へと歩を進め、全国を回っていたフランスのクローデ…

ワニゴチの涙

玄関正面の壁に、母親が生前に書いた「般若心経」を掛けることにした。多くの知人友人が相次いで亡くなり、なんだかこんな気分になった。 玄関の棚には、ワニゴチの陶芸を置いた。どこに置こうか、あるいは掛けようか迷っていたのだが、この魚にはトゲトゲし…

山野草の会で見つけた武蔵鐙

春の山野草の会に、細と連れ立って行ってきた。毎回、面白い名称の草と出会う。 今回は、ムサシアブミの展示が数鉢あった。鐙(あぶみ)の形に似ているので、命名されたらしい。 鐙についておさらいしてみた。 鐙は、日本では、古墳時代に騎馬文化の流入とと…

未乾デザインの検印紙

詩画集を2冊出した洋画家・船川未乾と美学者・園頼三は、8年後の昭和2年(1927)にまた一緒に協力して1冊の本を作り上げる。 「園頼三/怪奇美の誕生」で、船川が装幀を担当し、創元社から刊行されたのだった。 創元社を立ち上げたばかりの矢部良策…

園頼三が見つけた未乾の自画像

大正7年(1918)8月、列強はロシアの革命政府に武力干渉し、日本も米国とともにシベリアへ出兵し、シベリア経由で脱出を図るチェコ軍を救出するために赤軍と戦った。 国内では、シベリア出兵を見越して、投機目当ての米の買占めが発生した。米価が2倍…

知人の庭の水仙とワーズワース

知人宅に1週間前息子夫婦とともに訪ねた時のこと。庭に、水仙が見事に咲き誇っていた。5か所で群生していた。明るい黄の水仙。白い花も少し交っていた。 夫人に伺うと、「植えたわけではないのですよ。どこからか飛んできたのでしょうかね。今年は、こんな…

未乾装幀本と「友達座」

大正、昭和初期の京の洋画家船山未乾画伯装幀の本探しを続けている。 届いた「心の劇場」(大正10年=1921、内外出版)を手にして、装幀ともども本の内容にまた驚かされた。 同書は、京都帝大でロシア文学を学んだ高倉輝が、ロシア文学の戯曲、短編、…

梅、椿の鈴鹿関と伊藤伊兵衛

細に誘われて先週、安行にある花と緑の振興センターに行った。早咲きの桜が満開だったが、私はまだ咲いている梅と、「春日野」(写真下)「武蔵野」「月宮殿」といった梅の和名に関心を持った。なぜ、こういう名が付いているのか。 椿も多種が植わっていて、…

29年勝太郎が聴いたカザルス・トリオ

日本画家の榊原紫峰は裕福な家庭に生まれたわけでなく、余裕のある生活をしていたわけではなかったが、仲間からは富裕だと見られていたと、富士正晴「榊原紫峰」で記されていた。 理由は、蓄音機とSPレコードを所有していたからだという。大正年間、確かに…

「戯曲集 鴉」のデザイン

なぜ、洋画家船川未乾について調べ出したのだろう。 江戸後期の京の俳諧師西村定雅を調べていて、大正10年刊行の藤井乙男「江戸文学研究」を手にしたのがきっかけだった、と思い出した。この画家の手になる本の装幀に興味を持って、未乾画伯を少しずつ調べ…

未乾と泣菫と猫の蔵書票

船川未乾画伯が創元社の刊行物を集中的に装幀をした経緯を知りたくなった。 同出版社を創設した矢部良策の人生を綴った格好の著作、大谷晃一「ある出版人の肖像―矢部良策と創元社」(88年、創元社)を見つけた。 創元社は、大正14年(1925)、父・矢…

「室内」未乾画伯の表紙絵

船川未乾画伯が装幀した竹内勝太郎の詩集「室内」(昭和3年=1928、創元社)を手に入れることが出来た。やはり私には新鮮なものだった。 本は、カバー表紙を欠いていたが、箔押しの表紙の迫力に驚いた。(カバーは、活字だけのデザインだった) 「常磐…

パンテオンの船川未乾

船川未乾画伯の手がかりが、すこしずつだが、つかめて来た。 詩誌「PANTHEON」の6号(昭和3年=1928=9月発行)に、画伯の静物画が7点、同8号(同11月)にもカラー版で静物画1点が掲載されていた。6号では、画伯の5ページにわたる長文…

紫峰と西班牙舞踏曲

京の日本画家榊原紫峰(1887-1971)が、詩人の竹内勝太郎と深い交友があったことを今回初めて知った。 私が、この日本画家に関心を持ったのは、カザルスのチェロ演奏をSPレコードで聴いて、感動を抑えきれず、このままの気持ちで絵画制作に打ち込…

船川未乾画伯と詩人竹内勝太郎と

京の大正時代の洋画家船川未乾画伯の絵を表紙に用いた古書が届いたので、また画伯について調べてみた。本は、京都の詩人竹内勝太郎(1894-1935)の「随筆西欧藝術風物記」(昭和10年、芸艸堂)。 船川未乾の装幀本をざっと調べた。 大正10年 藤…

復古の動きと二条家俳諧

猫がテレビに夢中になっている間、天明8年(1788)の京都の大火について、少し考えてみた。 京の俳諧師でもっとも被害を被ったのは、夜半亭を蕪村から継承した三世高井几董だった。御所近く椹木町通りの家を焼かれ、予定した「井華集」の板木も焼失。大…

猫の日なれば一茶、大江丸

2月22日はにゃあにゃあにゃあで、猫の日なのだという(1987年制定)。 今調べている天明、寛政期の俳諧師にも猫の句は少なくない。 大坂の大伴大江丸には、下の句。 ねこの恋鼠もいでて御代の春 きりぎりす猫にとられて音もなし 春たつといふは(ば)…

真葛が原の風の咎

「京師の人物」と題して、瀧澤馬琴は、「羇旅漫録」に記している。 「京にて今の人物は皆川文蔵と上田餘斎のみ」。享和2年(1802)に京を旅した馬琴は、この二名しか、京に同時代の文人はいない、と語りだす。 「餘斎は、浪花の人なり、京に隠居す」と…