通夜の猫の迷信再び

 通夜に猫を近づけるな、という迷信を前に書いた。相模地方、壱岐島、茨城・常総では明治、大正時代まで、猫が近づくと死体が化けて立つという迷信があり、蒲団の上に織物の道具、杼(ひ)や桛(かせ)を置いて猫を遠ざけたというものだ。

 

 

 

              

 

 中国、朝鮮半島にも似た迷信があるが、杼(写真)や桛(イラスト)を置くケースは日本以外には見当たらない。杼や桛には糸が巻いてあるので、死体の脚を糸で縛り、立ち上がらないようにした中国の風習が日本で変形したものではないかと前に想像した。

 



 江戸時代の川柳には猫除けの織物道具は出てこないが、代わりに刀が出てくる。なるほど武家などは、邪を寄せ付けないため守り刀を遺体に乗せたのだった。(今も受け継がれている)

 

 「捨薬一ぷく置くと太刀を出し」

 安永年間の川柳でこういうものがある。捨薬とは「医者が匙を投げて立際に一服残して置く薬つまり…気休め薬」(西原柳雨「迷信に関する古川柳」江戸文化3巻3号、昭和4年)。医者が捨薬を置いて帰ると、「箪笥から一刀を引出」(同)して、体の上に置く備えをするという川柳だ。

 

 「冷つこく成ると氷を上へのせ」

 文政年間の川柳は、遺体の上に刀を乗せる風習を、体が冷たくなると「氷」を乗せると言ってのけている。刀と言わず「抜けば玉散る氷の刃」の「氷」と表現したものだ。武家ばかりか町人たちの間でもこの風習が行われていたようだ。

 

 「鯵切を棺へ乗せとく漁師町」

 商家や町人ばかりか、漁師たちだって水揚げされた鯵をさばく庖丁を、守り刀の代りにするのではないか。川柳なので、実際そうなのか想像かは知れないが。(文政年間の川柳)

 

 邪や悪霊をさける刀であるが、猫が出てくる川柳がある。

 

 「猫も歯の立たねば棺の赤鰯」

 

 「赤鰯」とは赤くさびた刀のこと。こんななまくら刀でも、猫は歯が立たないから、守り刀の役目は十分という文政年間の川柳だ。

 

 上の川柳を見ると、鼠退治のために猫を飼う農家ばかりか、長屋で猫を見かけるようになった町人の間でも猫は死体に悪さをするという迷信があったことを伺わせる。