長塚節「土」に描かれていた猫除けの迷信

 通夜に、決して猫を近づけない風習について「民族と歴史」(大正11年3月号)で知り、韓国・晋州の報告例と、日本の相模地方の類似について8年ほど前に書いた。

 

 その後長崎県壱岐島で、似た事例があったのを「壹岐島民俗誌」(昭和9年)を読んで気付き、3年前に書いた。

 

f:id:motobei:20210727121055j:plain ホウセンカの装幀の「土」

 

 それより前、明治45年5月に上梓された長塚節の小説「土」に、似たような事例が描かれていたのを、今頃知った。画家森田恒友が「土」に感動し、長塚にエールを送って親交を深めたことを知り、名作「土」を読みだしたところ、次のような個所が出て来たのだ。

 

「輿吉は獨り死んだお品の側に熟睡して居た。卯平は取り敢へずお品の手を胸で合せてやつた。さうして機の道具の一つである杼を蒲團へ乗せた。猫が死人を越えて渡ると化けるといつて杼は猫の防禦であつた。杼を乗せて置けば猫は渡らないと信ぜられて居るのである。

 

 茨城県の鬼怒川西部(現・常総市)の農家を舞台に、働き者の貧農一家の苛酷な生活を自然、風土の中で描いた作品。妻お品の死が早々と描かれ、母の死を知らずに眠る幼児輿吉を起こさず、父卯平が、猫除けのために遺体の上に、織物の道具の「杼(ひ)」を乗せたことがさりげなく書かれていた。

 

 杼は、織物で経糸(たていと)の間に緯糸(よこいと)を通す道具。英語でSHUTTLEと呼ばれように、杼は経糸の間を往復され布が織られてゆく。

 

 以前知った壱岐の例は、桛(かせ)が置かれるものだった。

「息を引き取るとマクラナラシと云って北枕に直し、顔には手拭をかぶせて、夜具の上にカセを置く。猫が屍を越えるとよくないと考へられて居て、其の為の呪ひらしい。猫も直にかこふ

 

 カセは、紡いだ糸を巻き取る道具で、やはり織物の道具ではある。

 

 茨城   杼

 壱岐   桛

 

 杼もまた、緯糸が巻かれているので、共通点は、糸が巻かれている道具ということになる。

 

 以前書いたのは、韓国・晋州の例は、猫が寝具ばかりか遺体が置かれた屋根の上や、床のオンドルの下に入っても、死人が立つという迷信だった。対策は猫を縛って動かないようにするか、オンドルに栓をして潜り込まないようにするというものだった。

 

 その時、中国・北京の通夜の風習についても書いた。(「北京風俗図譜」)

 北京では、猫が出てこないものの、通夜の時、死体は起き上って家族を追い掛けまわし、悪霊がついて悪さをすることがあるので、麻で遺体の脚をゆるく縛り、立ち上がれないようにする風習があることも付け加えた。

 

 遺体が立ち上がらないために、

 猫を縛って遠ざけるか(韓国)、

 遺体の脚を縛るか(中国)。

 

 日本の例は、中国、朝鮮半島の両方の風習が、混淆して伝わったのではないかと、今回思った。

 蒲団の上の杼やカセの糸は、遺体の脚を縛るもので、本来は猫を避けるものではなかったが、日本で農家がネズミ対策で猫を飼うようになった江戸時代、糸を蒲団の上に置き、それが猫除けになるとの、独特の通夜の風習が生まれたのではなかったか。

 

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 猫を眺めながら、なお考える。

 壱岐、相模、茨城と風習が拡散していることから、なにか江戸時代に広めた存在があったのだろう。それを知りたいが、今は見当がつかない。