漱石

「土」の装幀をめぐって

長塚節「土」の復刻版を古書肆から取り寄せた。明治45年の春陽堂の箱入り菊版上製を、1984年に復刻したものだ。目に付いたのはー。 美しい装幀 色違い(代赭色)でより大きな活字で組まれた夏目漱石の序 装幀のイメージとは全く違う、延々と続く茨城の…

甲鳥書林と猫印のアイデア

前に森田草平著「夏目漱石」(昭和17年)で見つけた猫をデザインした著者検印を面白いと紹介した。草平自身のアイデアだと思ったが、或は、出版元の甲鳥書林のサジェッションがあったかもしれないと思うようになった。 猫のようにデザインした草平印 この…

犬養健からケーベル先生のこと

昭和14年、国民党の康紹武が和平交渉のため長崎港に極秘来日したとき、出迎え役を務めたのが衆議院議員の犬養健だった。長崎から福岡に向かい、雁ノ巣飛行場から内閣が用意した飛行機で一緒に東京に飛んだ。 犬養は、この時の様子を、「飛行機が薄い霧の層…

漱石忌とうちの初代、2代目猫

知人がフェイスブックで、ジョン・レノンが殺害された当日の思い出を書いていた。 12月8日、私は石坂敬一さんの元へ、東芝EMIに飛んで行ったのを覚えている。その石坂さんも泉下の人となった。 その翌日は、漱石忌なのだと最近知った。 我が家の猫は、…

漱石熊本時代の猫の名は平凡な・・・

漱石の熊本時代の猫について、さらに調べてみたー。 熊本での暮らし(明治29年~明治33年)で、漱石は3度目に転居した大江の家で、猫と仔犬を飼った。 漱石の鏡子夫人が思い出を振り返った「漱石の思い出」(夏目鏡子述、松岡譲筆録)に、詳しく述べて…

熊本時代の猫も名なしだったのか

また熊本を訪ねた。 市の中心地は賑わいを取り戻していたが、町の人に話を聞くと、復興には、あと3年はかかりそうだという。 朝、辛島町のホテルから坪井川に沿って北へ歩き、夏目漱石の旧居を目指した。熊本で6回引っ越しした漱石が5度目に住んだ内坪井…

猫の帰巣本能あれこれ

我が家の猫は家猫。外に出るのは、猫の病院に連れてゆくときぐらい。車の窓から、不安そうに外の流れゆく景色をみつめている。往復ずっと、真剣に外をみているのは、道を覚えようとしているかのようだ。どこかで放されても、帰ることができるように目に景色…

上野の山で漱石が口ずさんだのは「こうもり」序曲でなかったか

熊本から戻った翌日の夜、誘われていた東京藝大奏楽堂のコンサートに出かけた。根津駅から言問通りの坂をのぼって、上野の山に出る。新しい仕事場から、近いことを実感する。 サンサーンスの「オルガン付き」を聞いて、友だちとまた根津に戻って、おお田で飲…

コービン党首の名無し猫

英国労働党の党首コービン氏がいったいどういう人物なのかはわからない。 ただ、彼の飼っている猫は、うちの猫と似ている。 白地に黒が混じった平凡な猫なのだが、WEBで、コービン氏の猫を見た細も「あれ、そっくり」と声を上げた。 きっかけは、英国のテ…

漱石の明治43年3月2日の日記

細が別の雛をかざるので、叔母が作った紙の小雛は、長年わすれさられている。 探しだして、わが部屋にかざった。 仕事から戻り、乱雑極まりない本棚を整理。夏目漱石の明治43年(1910)の日記をながめていたら、ひな祭りの前日の、3月2日に、こうあった…

森田草平のネコ印鑑

この印は、猫ではないだろうか。 本の奥付にはられた著者検印で、猫を発見した。 夏目漱石の弟子、森田草平の著書「夏目漱石」(昭和17年、甲鳥書林)。 丸い目、そばだてた耳、立った尻尾。 これは猫だろう。 だが、前足が1本。 細の実家から引き取った…

猫の展覧会で漱石の猫を見る

松濤美術館「ねこ・猫・ネコ」展を見に行った。猫の絵や彫刻を集めた美術展、猫好き大集合の賑わいだ。 石井鶴三の「猫」の彫刻は、怒りを全身に発散させていて微笑ましいし、岡本一平「漱石先生」の猫は、前脚を伸ばした漫画のような仕草が面白い。 漱石自…

郡山の美術館で思ったこと

福島・郡山に用あって、平日、市立美術館を訪ねた。静かで美しいMUSEUMであるが、常設展のみだったので、閑散としていて、僕一人しか、入場者がいなかった。 ターナーの風景画が幾つかあった。 http://www.tabizuru.jp/ouen/message/img/mes_011.jpg …