上野の山で漱石が口ずさんだのは「こうもり」序曲でなかったか

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 熊本から戻った翌日の夜、誘われていた東京藝大奏楽堂のコンサートに出かけた。根津駅から言問通りの坂をのぼって、上野の山に出る。新しい仕事場から、近いことを実感する。
 
 サンサーンスの「オルガン付き」を聞いて、友だちとまた根津に戻って、おお田で飲んだ。
 
 此の辺りは「三四郎」の舞台だから、漱石のことを思い浮かべた。漱石は、門下の物理学者寺田寅彦と、やはり上野(旧奏楽堂)の音楽会に出かけている。
 
 寅彦の「夏目漱石先生の追憶」によると、漱石が公演後ご機嫌だったのが知れる。
 
「上野の音楽学校で毎月開かれる明治音楽会の演奏会へ時々先生といっしょに出かけた。ある時の曲目中にかえるの鳴き声やらシャンパンを抜く音の交じった表題楽的なものがあった。それがよほどおかしかったと見えて、帰り道に精養軒前をぶらぶら歩きながら、先生が、そのグウグウグウというかえるの声のまねをしては実に腹の奥からおかしそうに笑うのであった」
 
 クラシックで、シャンパンを抜く音? かえるの鳴き声?
 
 はて、漱石を喜ばせたのは、何の曲だったのだろうか。
 
 少ないボクの音楽の知識ながら、ヨハン・シュトラウス2世の「『こうもり』序曲」ではなかったか、と推測する。出だしのポンポンポンは、シャンパンを抜く音に聴こえるし、続くオーボエのグウグウグウは、かえるの鳴き声である。
 
 漱石が音楽会で聴いた曲目で、確かなものとされる曲はベートーベンのバイオリンソナタ「春」、ドヴォルザークピアノ五重奏曲ショパンのバラード、幸田延のバイオリン曲あたりだ。
 
 ヨハン・シュトラウス2世の曲は記されていない。しかし、シュトラウスのワルツは鹿鳴館で演奏されたし、岩倉使節団がボストンで鑑賞した音楽祭ではシュトラウスが渡米して指揮していたから、時代的にはありうることだ。(こうもりの初演は1874年、漱石が聴いた演奏会は1903-6年)
 
 トロンボーン奏者で音楽評論の佐伯茂樹さんは、昨年の都響「名曲の夏」の楽曲解説で「こうもり序曲」について、「冒頭は、シャンパンの栓を抜くような賑やかな音で開始」と書いていたので、シャンパンは、ボクのソラミミではなさそうだ。
 
 楽しい楽曲なので、漱石も陽気にさせたのだろう。公演後、漱石と寅彦は、我らが根津と、反対側の精養軒の方に出て、食事にいったようだ。110年も昔のことなのに、とても身近に思えるのは、上野の山の界隈の不思議な処だ。