甲鳥書林と猫印のアイデア

 前に森田草平著「夏目漱石」(昭和17年)で見つけた猫をデザインした著者検印を面白いと紹介した。草平自身のアイデアだと思ったが、或は、出版元の甲鳥書林のサジェッションがあったかもしれないと思うようになった。

 

f:id:motobei:20200727153837j:plain 猫のようにデザインした草平印

 この印が押された検印紙をみると、「甲鳥書林」の書体も工夫されている。出版社サイドもまた相当、書の造詣が深かったのではないかと思われるからだ。

 

 そもそも、社名の甲鳥からして凝っている。鴨川のほとりの下鴨泉川町に社屋があったので、鴨を「甲」と「鳥」に分けて、甲鳥書林命名したという。アイデアを出したのが、京都の吉井勇とされている。出版社の記念すべき初の刊行物(1939年、歌集「天彦」)をものした歌人だ。出版社を創立した中市弘、矢倉年兄弟が吉井勇と、練ったのだろうと思われる。

 

f:id:motobei:20200727154111j:plain 四条あたりの鴨川

 鴨川は、出町柳のあたり、上流に向かって鴨川デルタで2手に分かれる(東側支流は高野川)。ちょうどY字のような地形で、そのVの区域を占める下鴨神社の近くに社屋があった。鴨が、甲と鳥に分かれる地形―。なおもって命名は気が利いている。

 さらに私が感心するのは、乙の鳥があることだ。乙鳥(いっちょう、おっちょう)が、つばめを現わしているのは、御存じの通り。乙鳥があるなら、甲鳥があっていい。

 伊賀上野出身の中市弘、矢倉年兄弟の設立した甲鳥書林は、戦前は、昭和14年から19年まで、学術、小説、随筆、短歌俳句関連の書籍を多数発行した。もちろん目を通したものはわずかだが、しっかりとした装幀、内容の出版物が多い印象がある。

 

 タイトルが「夏目漱石」ゆえ、森田草平(「草平」)の著者検印を、特別に猫の絵にデザインした。そのアイデアは、草平と中市・矢倉兄弟の合作だったのではないかと、思うのだ。