一琴一硯之楽の新たなナゾ

 昼寝覚め、散歩がてら図書館まで、予約しておいた堀辰雄全集8巻「書簡」(大正11年~昭和28年)を受け取りに出た。

 手に取ってすぐ、昭和16年の辺りを開くと、偶然にも8月25日軽井沢から、義弟加藤俊彦にあてた速達便・封書の掲載された246-247頁だった。

 

f:id:motobei:20200802182641j:plain

 念入りに判子のイラストを描き込んであったので、甲鳥書林の検印に用いる印鑑を送ってもらうために実家に出した手紙だとすぐ分かった。

 

「こんど甲鳥書林から出す本の検印紙、あまりに洒落れたものを送ってよこしたので、こちらも一つ、「わが家の古玩」の一つを使ってやらうかと思ふ」

 

 夫人多恵の父が中国で手にした古印を、生前に譲り受けたのだろう。「わが家の古玩」と書いている。

 

「小生の紫檀の違い棚の上に、小さな紫檀の四角い箱があり、その中に例の支那の印がいくつもはひつてゐるけれど、それの上側か、(或はその中にしまつたと思つてゐるのは小生の思ひちがひにて、違い棚の上に他の三つ四つの印と共にむき出しで置いてあるかも知れない)何処かそのへんのところに、「我思古人」(イラスト)といふ大きな印と一しょに、「一硯一琴之品」(イラスト)といふ小さな印がある筈、実物大は=イラスト二点=位なものでせう。どうかそれをそこいらへんで探して見て、若し見つかつたら至急送つて下さい。もし見つからなかったら、こちらにある印で間に合はせますから、その旨電報ででもお知らせください」と急かせている。

 

「本が出来て印税がはひつたら、なんでもお所望のものを御馳走します。右何卒お願ひします」と結んでいる。

「書簡」には、この封書の翌日に堀が、甲鳥書林の中市弘社長に宛てた絵葉書も掲載されている。「きのふ『晩夏』の印税(四百八拾圓)確かに頂戴いたしました」。初版分は480円だったことが分かる。世にも珍しい検印が実現した背景に、義弟加藤俊彦氏のサポートも忘れてはならないようだ。たんと御馳走してもらったのだろうか。

 

f:id:motobei:20200802182714j:plain

 気になったのは印章を「一硯一琴之品」と書いていることだ。「硯」と「琴」と入れ違えているのは、記憶違いだと分かるが、先に紹介した堀の「我思古人」の文中には「一琴一硯之楽」としているのだ。

 

f:id:motobei:20200802182748j:plain

「品」なのか「楽」なのか。印(写真の左下の文字)を見ると「品」にも、「楽」の略字体にも見えないことはない。また、ひとつ気になることが出てしまった。

 

 散歩から戻り、テレビ観戦した大相撲千秋楽は、序二段から這い上がった照ノ富士の奇跡の復活優勝で幕を閉じた。今場所応援した玉鷲も10勝5敗と健闘した。