ペンギンのような不思議な検印紙

 前に京都の甲鳥書林の特色ある「検印紙」に触れた。

 森田草平の猫の絵の印や、堀辰雄の一琴一硯之楽の印が捺された同社の検印紙は、大きさも4.8cm×5.5cm の見事なものだった。 

 最近になって、4.3cm×6.0cmと、タテがもっと長い検印紙と出くわした。

 新聲閣発行の高浜虚子「霜蟹」(昭和17年)だ。

 

 大きいばかりか、ちょっとユーモラスな動物のデザインに目を惹かれた。お腹に「虚子」の径1.0cmの小印がちょうどいい具合に捺されているではないか。

 

 検印紙は出版社が用意するから、発行者の新聲閣・大悟法利雄が考えたのだろう。

 

 新聲閣に関する文献は少なく、しばらく手がかりがつかめなかったが、「日本古書通信」(2013年7月号)に、石橋健一氏の「新聲閣本と大悟法利雄」が掲載されているのを知った。

 

「一九四〇年代初めに、新聲閣という小さな出版社があり、2年4か月の間に15冊の文芸書を刊行した。経営者は歌人でもあった大悟法利雄(一八九八-一九九〇)で、若山牧水の高弟として生涯を牧水の歌業の顕彰につとめたことでも知られる。出版社としての活動は短かったが、出版した図書はすこぶる特色あるものだった」

 

 石橋氏によると、大悟法は昭和15年に初めに刊行した横光利一「秘色」の帯文で「最近のあまりにも粗雑な書籍の氾濫を慨く私は、さういふ意味で最も良心的な出版をやって行きたいと思ふ」と宣言し、続く第二作の川端康成「正月三ケ日」の限定本の帯には「校正、印刷、用紙、装幀、製本、その他、現下の情勢が許す範囲内での最善を期したつもりである」と書いているという。工芸品としても見事な本作りらしい。

 

 こういった大悟法の意気込みを知ると、存在感をもった検印紙の理由もまた伝わってくるように思う。

 

 状況が悪化した2年後の「霜蟹」の装幀は、洋画家の中川一政が担当。黄地に茶色の壺を配した大胆なデザインは、表題作の上海から送られた壺入りの霜蟹の随筆を受けてのものだった。函には「洋紙本」と記され、用紙にも気を遣っていることが伺われる。

 

 この検印紙は、他の本でも使われているのだろうか。興味が湧いてくる。

 この不思議な動物については、中川一政作ならば合点が行く。ひょっとしてペンギンではなかろうか。「ニト」とも読めるサインは、あるいは、「一政」を半切した左側の「一正」かもしれない。新聲閣についても知りたくなってくる。

 

  扉絵