ヨーロピアンスタイルの役行者

人間に抱かれるのを断固拒否する我が家の猫も、淋しいのか、ベッドに上がって来て、身体を私の脚にくっつけてくるようになった。 猫が寝ている間に、手に余って来た「弥勒仏」について、フィニッシュを目指して考え続けてみた。 十三重塔から、始めてみる。…

薬師寺東塔に登った57歳

江戸時代に、大和薬師寺の東塔の屋根に登った屋代弘賢の「金石記」を探して、アーカイブを覗いてみると、同書に合わせて松崎慊堂(こうどう)の「大和訪古録」が収録されていた。 「大和訪古録」には、屋代が屋根に登った37年後に、慊堂一行もまた東塔に登っ…

薬師寺東塔に登った屋代弘賢

相輪の伏鉢の銅板銘を確認するため、命綱をつけて寛永寺五重塔の屋根に上った浦井正明寛永寺執事長の話を前に書いたが、江戸時代寛政年間に、相輪下部の銘文を観察するために大和の薬師寺東塔の屋根に果敢に登った国学者がいた。 私は、今頃になってそのこと…

京都・法勝寺九重塔の風鐸を想像する

中国・洛陽の九重塔の風鐸について記したが、かつて日本にも九重塔が建てられていた。 11世紀後半、白河天皇(法皇)によって京都に創建された法勝寺(ほっしょうじ)の九重塔。15世紀の応仁の乱で壊滅し、今は京都市立動物園になっている。 「日本の歴…

ダルマと九重塔の風鐸

昔、モンゴルの寺院を訪ねたときに、2階の軒の隅に吊るされた風鐸が揺れて、音が鳴り続けたのを覚えている。草原の風が強かったのだろう。 同行した女性歌手Kさんが「あの鐘はなんといったらいいのか知ってる?」 と聞いた。 「風鐸だと思います」。 すん…

やぐらを立てて「空中参拝」させた凄い三重塔

五重塔ではないが、櫓を組んで、三重塔の屋根に人を上げた、という寺があるという。 思いきって出かけてみた。来春まで、暇なのである。 埼玉県川口市郊外にある西福寺三重塔。外環道の脇の、台地の丘の上に江戸時代建築の塔がたっていた。高さ23メートル…

ピエール・ロチがまず登った八坂塔

京都の八坂塔(法観寺五重塔)は、今も二層までは、上がることが出来るという。以前には最上階まで上がれたようだ。 明治18年(1885年)秋に、フランス海軍大尉ピエール・ロチが五層までのぼったときの文章が残っている。「秋の日本」(村上菊一郎、吉永…

五重塔に登った人のこと

もうずいぶん昔のこと。母と兄と3人で奈良旅行をした。 どこかで塔を見上げていた僕たちに、寺の関係者が声を掛けてきた。ちょうど、三重塔だか五重塔に誰かが登るところだったので、ついでに、声がかかったのだと思う。幼かった僕を見て「ちょっと無理かな…

虎の陶枕、獅子の陶枕

猫の枕騒動のあと、「虎の枕」があることを知り、ちょっと調べてみた。虎の形をした陶器の枕で、東京国立博物館が所蔵し、展示されていた。「横河コレクション」のひとつだった。 中国の磁州窯のもので、寝そべった虎の背中が平らになっており、そこに人間の…

古本から戦時中のお札がハラリ

どうということではないのだけれど、昨日、雨の中、仕事でとある町にでかけた折、古本屋のT書店にたちよった。 3-500円の何冊かを仕入れたのだが、(この店は、普通の古本屋にくらべて、値が3分の1くらいなのだ)そのうちの昭和18年5月発行の本をき…

伝法院庭園でアオサギに迎えられる

浅草の伝法院庭園が公開されているので、細と出かけてみた。外国人観光客であふれかえる浅草の人通りをかき分けてたどり着き、大きな絵馬を鑑賞してから、回遊式庭園に出ると、池に羽を広げながらアオサギが降り立った。 隅田川に沿って飛んできて、緑と水を…

幻の都、湖東・蒲生野のこと

7世紀天智天皇は、条里も作れないほど狭い大津になぜ京を建設したのか? 不思議のひとつ。 それは、大津京だけではなくて、琵琶湖を隔てた湖東地方もセットにして、都を作る計画だったからだー。 長谷川修さんの大胆な仮説を知ったとき、うなってしまった。…

石塔寺の塔は昔のままなのか

数年前の真夏に家族3人で、湖東=琵琶湖の東岸を回った。古刹は山寺ばかりで、杖を借りて、汗をかきかき登った。石段を登って出合った、石塔寺の石塔は、異国風であった。 三重石塔の、層と層の間の石が縦に長いせいもある。垂直性が強いとでもいうか。 とこ…

ロンドン塔のワタリガラスのパンフが出て来た

図抜けて賢く、いたずらもののため、不吉の象徴として「迫害」された飛翔の名手「ワタリガラス」について、前から書いてきて、いまも、英国・ロンドン塔にすんでいる、ということがわかったけれど、実際にどうなのか、いまひとつはっきりしなかった。 子供と…