訂正:正倉院の猫犬薬は猛毒ヤカツだった

 正倉院の「猫犬薬」は、薬でなくて猛毒だった。

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 先に、昭和23年発行の「正倉院文化」の古本を読んで、正倉院に「烏薬(ウヤク)」が収蔵されている、
という記述に出くわしたことにふれた。ウヤクは、江戸時代に犬猫の薬として用いられたとも。

 気になって、その後に発行された正倉院薬物の本を漁ってみると、薬理学者の木島正夫氏が、正倉院の「烏薬」の成分を検査し、烏薬でないことを突き止めたことが分かった。同氏の発見を受け、94年からの第2次科学調査では、さらに、ニセ「烏薬」の正体に迫り、この乾燥根が、猛毒の「冶葛」(やかつ)であることが証明された。ヤカツは、若芽、根の煎汁などで、呼吸マヒが起こるため、漢方では外用のみに使われ、内服厳禁とされてきた。危険で、最強の植物毒だ。

 東南アジア、中国南部原産のつる性常緑低木で、正倉院では「狼毒」と同じ櫃に収蔵されていた。なぜか、一部が帳外薬物に混入し、烏薬と誤認されてしまったわけだ。

 毒性の強いトリカブトの烏頭、附子も、正倉院に収められるが、ヤカツは、要人の毒殺に使用された可能性があると、注目されているようだ。

 歴史に登場する長屋王(729年)、安積親王(744年)の不可解な死は、このヤカツによるものかもしれない。(鳥越泰義「正倉院薬物の世界」=平凡社新書
 756年光明皇太后によって正倉院に献納された薬物の中にヤカツも含まれていたわけだが、2年後の758年には、光明皇太后によって、正倉院からヤカツ3両(42㌘)が内裏に引き出されている。光明皇太后の死後、761年に大量3斤(669㌘)が出庫された。おそらく恵美押勝の指示だろう。

 ヤカツから、古代政治の裏面史がたどれそうだ。

 猫の薬がとんだ、古代毒薬の話にそれてしまった。ギリシャ文化の代表的な毒が、ソクラテスがあおった毒ニンジンなら天平文化の代表的な毒薬は、冶葛だったようだ。

 知りたかった烏薬は、やはり江戸時代に渡来したのだろうか。