正倉院の「猫犬薬」は、薬でなくて猛毒だった。

気になって、その後に発行された正倉院薬物の本を漁ってみると、薬理学者の木島正夫氏が、正倉院の「烏薬」の成分を検査し、烏薬でないことを突き止めたことが分かった。同氏の発見を受け、94年からの第2次科学調査では、さらに、ニセ「烏薬」の正体に迫り、この乾燥根が、猛毒の「冶葛」(やかつ)であることが証明された。ヤカツは、若芽、根の煎汁などで、呼吸マヒが起こるため、漢方では外用のみに使われ、内服厳禁とされてきた。危険で、最強の植物毒だ。
東南アジア、中国南部原産のつる性常緑低木で、正倉院では「狼毒」と同じ櫃に収蔵されていた。なぜか、一部が帳外薬物に混入し、烏薬と誤認されてしまったわけだ。
756年光明皇太后によって正倉院に献納された薬物の中にヤカツも含まれていたわけだが、2年後の758年には、光明皇太后によって、正倉院からヤカツ3両(42㌘)が内裏に引き出されている。光明皇太后の死後、761年に大量3斤(669㌘)が出庫された。おそらく恵美押勝の指示だろう。
ヤカツから、古代政治の裏面史がたどれそうだ。
知りたかった烏薬は、やはり江戸時代に渡来したのだろうか。