正倉院の犬猫用漢方薬

 年末は、テレビで探偵ものをよく見た。
 
 劇中、毒殺シーンがあったが、定番の青酸カリ、トリカブトジギタリス刑事コロンボに多い)、ふぐ毒とは違った毒が出て来た。
「科捜研」は、イチイの木の種。イチイは薬だが、種にはタキシンという猛毒が含まれるという。ドラマでは、京都の山で採ってきたイチイの種をスムージーに混ぜて殺害するものだった。
 
 NYの探偵シャーロックが登場するWOWOW「エレメンタリー」は、ワトソン(女性の設定)の恋人がHEMLOCK=毒ニンジンの入った飲み物で殺害される。
 
 ともに、新鮮な毒物設定に思えたのだが、毒ニンジンは、古来有名な毒薬で、ギリシャの哲人ソクラテスが死刑判決を受け、弟子たちの前であおったのが、この毒入りの杯だったと伝わる。紀元前399年、日本では弥生時代の昔から、毒にんじんは、欧州ではよく知られていたようだ。
 
 イチイも新鮮なものではないようだ。17世紀始めのシェークスピアハムレット」は、父親の王が毒殺されることで始まるので有名だが、毒ニンジン説とともにイチイ説が有力だったという。
 劇中の毒は、HEBENONという名で、王の亡霊は、眠っている間に耳に毒をたらされて殺された、と語るのだった。
 シェークスピア研究家の間では、毒ニンジン(HEMLOCK)、イチイ(YEW)ではなく、ヒヨスというナス科の植物だったと、いうことで落ち着いたようだ。
 なじみがないが、ユーラシア原産で、HENBANEという名前だという。劇中の毒名HEBENONに似ているのが、決め手のひとつになったようだ。
 
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毒ニンジン=杉山二郎、山崎幹夫「毒の文化史」(講談社、85年)。
 
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 毒と薬はうらおもて、少量の毒は薬になり、大量の薬は毒になる。薬についても気になるものがあった。古本「正倉院文化」(48年、大八洲出版)をめくっていて、正倉院御物に、猫や犬のための薬があったという活字が目に飛び込んできたのだ。木村康一氏「正倉院御物中の漢薬」。
 正倉院献物帳の帳外の現存薬に、「烏薬」=ウヤクがあったという。中尾万三氏が調査し、「天台烏薬」と特定したものだ。「尚研究を要する」と筆者の木村氏は慎重に書いているが、烏薬は、「吐瀉をともなふ胃腸病、婦人病、猫犬百病に内服された」と記している。
 
 正倉院の生薬が、ご婦人や胃の弱い御仁ばかりか、猫や犬に用いられた?
 
 クスノキ科の小灌木テンダイウヤク=天台烏薬は、整腸作用があるらしい。神経性胃腸炎リューマチに薬効ありと、記すものもある。だが、本家の中国でこの漢方を犬猫に処方するという記載は、探した限りでは見つからない。
 だが、江戸時代の天保年間になれば、戯作者の暁鐘成(あかつきかねなり、1793-1861)が、犬猫の万能薬として烏薬のことを紹介しているので、その頃には一般に認知されたのだろう。
 
 いつ頃から、猫や犬に、漢方薬を飲ませ始めたのだろうか。