ゴシキヒワを狙うバロッチの猫

 心配事が多く、気分を変えるために休日、明るい音楽を聴いて過ごすことにした。

 

 まずしばらく聴いていないヴィヴァルディの「フルート協奏曲作品10の3」。副題が「ゴシキヒワ」で、日本には生息しない欧州の色鮮やかな五色の鳥の賑やかな鳴き声を模した明るい曲だ。

 ゴシキヒワは英語ではGOLDFINCHだが、正式にはEUROPEAN GOLDFINCH。前者はオウゴンヒワと和訳される。ヴィヴァルディ(1678-1741)の生きた時代に、ゴシキヒワは飼われて愛玩されていたらしい。

 

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Bewickの「BRITISH BIRDS」から


 

 絵画の世界では、ヴィヴァルディの100年以上前のルネッサンス時代に、聖母子像でゴシキヒワが描かれている。

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 調べると、ラファエロの1507年頃の作品に、イエス・キリストに幼い聖ヨハネが手渡そうとする「ゴシキヒワ」が確かに描かれていた。

 

 ゴシキヒワは、情熱の象徴とされ、これからイエスを待ち受ける苦難の生涯に耐えられるように、情熱のゴシキヒワが描かれているとのことだった。

 鳴き声が賑やかなので、この鳥が情熱のシンボルになったようだ。

 

 この聖母子と聖ヨハネの絵画は、ルネッサンス後期の画家フェデリコ・バロッチ(1535頃―1612)にも受け継がれているが、興味深いことに、バロッチはここに猫を付け加えている。

 ヨハネが手にするゴシキヒワに猫が興味をもって狙っているので、腕を高く上げてイエスに手渡そうとしているのだった。

 

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 欧州の猫についていえば、15世紀末にローマ法王が、猫は悪魔の使いであり、欲望と怠惰の象徴として、信者に飼うことを禁止していたはずだった。ルネッサンス時代も変わることはなかった。

 ところが、バチカンで法王のもとで、美術、装飾の仕事をしていた画家バロッチは猫を愛し、猫のスケッチを多数残した。

 「聖母子と幼い洗礼者ヨハネ」の宗教画でも猫を登場させ、聖母子、ヨハネとも、猫を温かい眼差しで見守る姿を描いたのだった。

 猫は、悪魔の手先から、慈愛のシンボルに変わっているかのようだ。ロンドンのナショナル・ギャラリーに収蔵されるこの作品は今では「猫の聖母」で通っている。

 

 17世紀終わり、ネズミの繁殖とペストの流行があって、猫の地位が復権したとされているが、それより100年近く前に、猫の地位向上に貢献をした画家がいたことになる。宗教画に、猫をしのばせたのは、かなり勇気ある行為だったのではないか。彼も、GOLDFINCHの情熱を持っていたのだと思う。