逃げたふくろうが気になってしまう

 街の古本屋は、昔から店先に100円位の安価な本をならべている。先日、細の実家近くの店の前を通ると、函入りの青柳瑞穂「ささやかな日本発掘」(新潮社、1961年2刷)が棚においてあった。
「こういう本を100円の棚においてはいけない」と思い、店主と言葉をかわそうと思ったら、「主人と息子は池袋の古本市に行ってますので、私が店番です」。奥さんが奥に座っていた。結局、「日本外史」の端本などと一緒に、100円本ばかり買った。
 
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 本には、なかなかな随筆が詰まっていて、堪能した。孫娘ともども著名な、このフランス文学者は阿佐ヶ谷住まいだったのだろう、阿佐ヶ谷の小鳥屋で、信州捕獲の生後3か月のふくろうを買った話があった。
 
 骨董収集家の目を持った文学者はこの幼いふくろうの、眼に注目する。魅力は眼、「何よりも色である」という。
「一見すると黒一色のやうだが、じつは紺青を濃くした黒で黒葡萄が光つてゐるやうだと言ひたい」。
 ミミズクとちがって、ふくろうには、耳(羽角)がない。
 
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シマフクロウには耳があるが】
 
 ふくろうは、「おとなしく抱かれてゐる。頭をなでてやると、両眼をとぢて、小さな聲を出す」ようになる。「二、三日前の晩、眼のすぐわきに大きな耳孔を発見した。深い毛にかくされて、桃色をした、ふくざつな形の孔を見つけた時は、何か秘密にでもふれたやうな、妖しげな歓びにおそはれたものだつた」
「そして、右の耳に小指を入れると、右の眼をふさぎ、左の耳に入れると、左の眼をふさいだ」
 
 しかし、慣れ親しんだふくろうは、ある日籠から逃亡してしまう。お宅のふくろうが近くの2階家の屋根に止まっていると、近所の女性が知らせにきて、文学者は気づく。
 やがて自宅の庭の松の木に戻ったので、好物の鶏の頭を放りなげ、そのうち、下りて来るとおもったが、消えてしまって帰ってこない。
 
「子供の頃から籠で育つあのふくろうは、もちろん、野ネヅミを捕へる技術など心得てゐまい。だから、ぼくの庭に戻つて来ないかぎり、どこかで餓死するより仕方ないだらう」
 心配しながら、文学者は筆をおいている。ふくろうは戻ってきたのだろうか。後日談がこの本にはない。
 
 
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