昭和17年の「文藝」をやっと、目を通し終えた。
太平洋戦争開戦直後なので、人が変わったように愛国精神を主張する文学者、学者の文章が多かった。
時流に乗らない文章は、先の広津和郎のほかにー。
織田作之助の「天衣無縫」があった。
大阪を舞台に、頼まれたら金もないのに、借金をしてまで相手に貸してしまう、お人よし過ぎる亭主をもった女の嘆き節と、愛情とを描く夫婦ものだった。まったく、時節柄と関係なく、今読んでも十分に耐えうる短編だった。
詩人の大木実は、丁度本人に召集がかかり、出征前夜と当日に、病身の妻を思いやる2編の詩を掲載している。
戦いをあおる人たちの文章があふれるなかで、出征する当事者の思いは、重たいものがある。「四季」の詩人、大木は海軍機関兵曹で召集され、無事帰還したー。
外国文学に関しては、鬼畜米英の時流のため、独文学など同盟国の関連が多い。
編輯後記で自殺が伝えられている。
「二月二十四日リオデジャネイロでシュテファン・ツヴァイク夫妻が服毒自殺を遂げた。遺書には『ヨーロッパが自分自身でヨーロッパを亡してゐる』とあつたといふ。日本の作家たちは皇軍と共に戦場を馳駆してゐるといふのに、これはまたなにかの象徴のやうにも思はれるではないか」。自殺がなにかの象徴、という、意味がとりにくい書き方をしている。編集人は興隆する日本文化と、滅びゆく西洋文化といいたかったのか。