板室温泉で見つけた蝶の推理小説

   夏の終わりの一日、板室温泉に細と出かけた。
 
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 前々から、泊まってみたい旅館があったのだ。若い頃、前衛的な作品を作っていた、とある美術家に興味をもっていたところ、その美術家の作品を庭や室内、屋根などに展示してある温泉旅館があるのを知って、なんだか不思議に思って一度訪ねたいと思ったのだ。
 
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 ぬるめの湯は、しばらく浸かって体のしんから温まる。露天風呂には夕方、深夜、未明とほかに入浴客もなく、独占状態で山の空気と湯とを満喫することができた。
  さて、とある美術家。70年代に「もの派」といわれる作家たちがいた。都美術館だったか、彼らが出品した現代美術展に独りで出かけ、興味を持った。今思い出しても、もの派の作家やネオ・ダダといわれた作家たちの作品群が眼に浮かぶ。
 庭には銀杏の幹を大きな鋸で曳いている美術家がいて声を掛けられ、展示室の隅々にゴミのようなものが置いてあった。いくつか座布団が置かれ、その上にちょこんと石をのせたもの、豚の胴が切られてハムに代わっている立体、机や椅子の周辺に偽の影が描かれ、また交錯する糸で区切られた空間があり、輝く蛍光灯が自然石を貫いている作品などがあった。
 
 そんななかに、鉄網に石をはめこんだだけの作品を見つけた。今では見かけなくなった鉄網は、公園の網など普通にあったので、石を一列にはめ込んだだけの作品は、子どもの悪戯のようにも思えた。面白いなあ、それが、菅木志雄さんだった、と記憶する。
 
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 旅館の作品群は、木枠の作品、木々の中にガラス板を立てた作品など、多種に及んで興味深く、作家のその後の創作活動に思いをめぐらせた。
 
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 もっと驚いたのは、みやげ物として買った菅さんのビニールパックされた美術の本「kishio suga」(2015年、ヴァンジ彫刻庭園美術館)の中に、580ページ超の文庫本サイズが、おまけのように付いていたこと。「双天のゴライアス」という菅さんの著作で、ごくごく読みやすい推理小説だった。読み出すと止まらない。通勤の電車のなかでも読んでやっと読了した。
 
 伊豆・下田の刑事が蝶の収集家の殺人事件を追う。
 ゴライアストリバネアゲハ、アレクサンドラトリバネアゲハ、キシタアゲハ、ジャコウアゲハ。文中で次々出てくる蝶は、PC、スマートフォンで検索して華麗な羽を眺めて確認した。犯人を追いつめる刑事とともに、トリバネアゲハやそれを追いかける採集家の知識が深まってゆく。
 
 やはり面白いな、と思うのだが、細は旅館の、木枠の菅作品を見て、「これなら私でも作れる」といってのけ、いささか言い合いになった。絶対作れません!
 もの派の作家たちに共通する、しばられない世界観は、いまもってなかなか理解されないのか。