ビールを飲む犬だったか。「根府川へ」を読む

 サランツエツエグさんのモンゴル語への翻訳がきっかけで、岡本敬三の「根府川へ」を読んだ。しんみりとした気持ちになった。終戦の日の前、モンゴル・ニュースのWEBにアップしたというのも、相当理解をしているのだな、と驚いた。
 
 仕事を辞め、妻からも別れられてしまった5-60代の主人公と、やはり見過ぎ世過ぎが下手な独身の叔父が再会するという短編だった。
 
 舞台は、主人公が育った神保町と、叔父が移り住んでいる神奈川の根府川2人のほか、のみ屋のおかみさんが少し出るくらいの、地味なものだった。

 さて根府川ー。若いころ詩が好きだった僕らにとって、根府川は、別の響きがある。車窓から美しい海が見える東海道本線の小駅というだけではない。戦後派詩人の、茨木のり子の「根府川の海」であり、中桐雅夫「海」の根府川の海だった。
 
 詩人たちにとっては、この美しい海は、過去を呼び起こされる海でもあった。
 
 茨木にとっては、赤いカンナの向こうに「いつもまっさおな海がひろがっていた」のが根府川であり、中尉との恋を友達に聞かされた時も、背景にこの海があり、「国をだきしめて/眉をあげていた」「無知で 純粋で 徒労だった歳月」の十代の少女を見ていた海だった。終戦から8年たって、自分は「ひたすらに不敵なこころを育て」た、と海に向かって歌ってみせた。
 
 中桐もまた、美しいがゆえに、戦死した友を思い起こす海だった。「根府川と真鶴の間の海の/あのすばらしい色を見ると、いつも僕は/生きていたのを嬉しいと思う、僕の眼があの通りの色なら/すべての本は投げ棄ててもいい」とまで賛美した。
 
 しかし、「生きていたころのMの眼が/ちょうどこんな色だった」と、泥水のビルマ・イラワジ川に浸かって戦死した友を思わないではいられない海だった。

 短編の「根府川へ」でもまた、生前決して語らなかった父の戦争体験が、叔父から少しだけ伝えられる。根府川の叔父の家で。
 
 翻訳したモンゴルのサランツエツエグさんは、僕らよりも、はるかに作品を理解しているとしか思えない。ちゃんと読んでいる人は、日本以外にいるのだなあ、と改めて思う。

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根府川へ」の表紙の動物は、ビールを飲む犬だった。根府川で叔父が拾って一緒に暮らしている犬は、酒が好物になってしまったのだった。