ベートーベンが交響曲「田園」で、3つの鳥の鳴き声を再現したことは、前に書いた。
楽聖の耳にかなって選ばれたのは、「サヨナキドリ」と「カッコウ」と「ウズラ」。ウズラは、ちょっと意外だが、ヨーロッパウズラと鳴き声は違うものの、日本でもウズラの鳴き声が愛され、江戸時代に好んで飼われていた、とー。
「笑話文学江戸小咄全集」(宮尾しげを編注)を読むと、小咄に江戸時代のウズラが出てきた。「鹿子餅」(明和9年、1771)では、大名がウズラを飼っており、「座笑産(ざしょうみやげ)」(安永2、1773)では、遊女が飼っていた。
大名と遊女の共通項を独断的に考えると、
1)お金があるー
2)見得をはって自慢したがるーあたりか。
声のよいウズラは、特別の籠で飼われて高級扱いされ、自慢の種だったのだろう。
「鹿子餅」内の小咄はー。
大名が、自分の飼っているウズラを自慢するため、鶉を聞きに来てくれた人に、料理をふるまった。伝え聞いた男は、「私もきつい鶉好き」と称し、茶坊主のコネで大名屋敷に入りこんだ。朝っぱらから、高級料理と酒を楽しんでいたところ、突然、チチツクワイトと声がし、びっくり仰天、「あれはなんでございます」と言ってしまった。
なんてことはない、ウズラの鳴き声なんて知らなかったのだ。
遊女の小咄ー。
客が、チチツクワイの声を聞き、遊女のウズラを「よく鳴くなあ」と誉めると、遊女は「バカらしうありんす」。ウズラは「ふける」といって、「鳴く」とはいわないもの、と知ったかぶりをした。
遊女が「ヌシはもの覚えが悪い」と怒ると、男はすかさず、「そなたこそ文盲だ。ウズラ鳴く鳴く若草山の謡がある」と攻勢にでる。
遊女は「オヤ、それはなんという謡にへ」と出典を問うと、男は、うろ覚えの「融=トオルの切れ」を間違えて、「モールの布(きれ)に」と答えてしまった。
「ふける」だろうが、「鳴く」だろうが、どうでもよさそうなのに、むきになって遊女と客が言い争う。そんな価値ある鳥だったのか、ウズラは。ちなみに、宮尾氏によると、[若草山」は「深草山」が正解で、物知り男も頼りない。
というわけで、ウズラの鳴き声は、さほど江戸の庶民に浸透していなかったのではないか。
わが部屋に、野鳥の時計をかけている。12時が「カッコー」、1時が「ルリビタキ」ーーー。
カッコウが王様
よい声の鳥が選ばれているが、ウズラは、その中の16羽に入っていない。いまでは、完全にウズラの声は忘れ去られている証拠だ。
ところで、ウズラの生卵は、東京の蕎麦屋でザル蕎麦を注文すると、きっと付いてきたものだが、このところ見かけない。