鴆(ちん)という謎めいた鳥がいる。
18世紀前半の加賀騒動を扱った巷説では、幼君重照の枕元で女中の幽霊が現れ、鴆の羽根を猪口に浸しては、幼君の膝に塗り、幼君を殺してしまうといったものがある。(北雪美談金沢実記)
今では殆ど知られていないこの鳥は、古代中国で生まれた空想の鳥らしい。6世紀の書「玉篇」に、鴆の説明があり、
毒鳥食蛇,其羽畫酒,飮之卽死。
蛇を食べる毒の鳥で、羽根に酒をかけ、此れを飲むと即死してしまう、と記されている。
「廣志」には 鴆形似鷹,大如鶚,毛黑,喙長
姿は鷹に似、大きさはミサゴのよう、毛が黒く、嘴が長い。
上の写真は、戦国時代の中山国(BC5C―BC3C)の王墓で発掘された「鷹柱大盆」。随分前(79年)、北京で開かれた中山国展で初めて見た。
中山国は、遊牧系の「狄」が起こした国家。史料が少なく、神秘の王国とされるが、この鷹の像は、遊牧民の嗜好を十分伝えている。しかし、なぜ、盆の中に居るのか。
大盤には酒を入れたのだろうか。鷹に酒を注いで入れたとすると、其羽畫酒 飮之卽死の一節を思いうかべたくなる。王墓への侵入者を殺すための、毒を湛えた大盤だったのかもしれない。
ならばこの鷹こそ、鴆ということになる。