未乾デザインの検印紙

 詩画集を2冊出した洋画家・船川未乾と美学者・園頼三は、8年後の昭和2年(1927)にまた一緒に協力して1冊の本を作り上げる。

 「園頼三/怪奇美の誕生」で、船川が装幀を担当し、創元社から刊行されたのだった。

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 創元社を立ち上げたばかりの矢部良策は、昭和2年1月「童話 お話のなる樹」を出版し、大阪の出版界に新風を吹かせたと前に書いたが、同年10月、この不思議なタイトルの本を刊行したのだった。「童話 お話のなる樹」で装幀を担当し、矢部の信頼を得た船川画伯が、知人で新進美学者の園との橋渡しをしたものと推測される。

 

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 あとがきの「集の後に」で、園は船川のことに触れている。「船川君は苦心の装幀を以ってこの集を包んでくれた。それだけでない。君は、たどたどしい私の魂の歩みを、絶えず温かい友情を以って見守ってくれた人だ。言ったとて、詞は足らぬが、この機会に謝意を表して置く」

 

 ムンク「臨終の室」、ゴヤ「銃殺」、デューラー「騎行の死」など、421頁中に、29枚写真版が散りばめられた贅沢な本づくり。表題作のほか「静物画の話」など美術随想、欧州留学中の紀行文「スペインの旅」「巴里雑景」など27編が収録されていた。

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 私は、著者検印のデザインに目が行った。船川画伯の例の愉快ないたずら、だと思った。この本のために、検印紙をデザインしたようなのだ。創元社の当時の他の出版物を見ると、著者検印紙のデザインは、花2輪のものだ。「怪奇美の誕生」が特別だということが分かる。

 

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 さらに、この創元社の通常の検印デザインをあらためて見直すと、この花の描き方は、船川画伯のチューリップの版画とよく似ていることに気づいた。

 おそらく、これも船川のデザイン。矢部は創元社の著者検印のデザインも船川画伯に依頼したようだ。

 

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 洋画家、版画家としてだけでなく、出版の世界でもまた、船川装幀の隠れた貢献は再評価に値するのではないか。画伯の装幀の集まった古書を眺めながら、そう思うのだ。