シュメルのアンズー鳥

 古代エジプトでは、ワシタカ類のエジプトハゲワシ、ハヤブサが崇拝され、聖鳥、霊鳥とされた。

 メソポタミアでも、ワシの霊鳥がいた。
 
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 アンズー鳥だ。ライオンの頭を持つ鷲で、シュメル神話に登場して活躍し、都市国家ラガシュの遺跡などから図像が沢山発見されている。紀元前3000年紀のころだ。
 
 ところが、紀元前2000年を過ぎる辺りから、霊鳥は世俗にまみれ、「怪鳥」に変化してくる。そのころに書かれた「エタナ物語」に登場するアンズーはこんなだ―。
 
1)アンズーはヘビとともに、一本の樹木にやって来る。棲み分けて、アンズーは樹上の梢に巣を、ヘビは樹の根元に巣を作る。アンズーはヘビに提案する。お互い、子育ては邪魔せずに協力していこうとー。
 
2)しかし、アンズーは、わが子がヘビより早く育つと、樹の根元のヘビの子を食べたくてなってしようがない。自制できず食べようとすると、アンズーの子供が「食べてはいけません。お父さん」。正義を守らないと、懲罰を受けると注意した。それでも、アンズーは我慢ができなかった。
 
3)怒ったのは、ヘビの親だ。シュメルの公正と正義の神「シャマシュ」に訴える。神は訴えを聞き、アンズーは懲罰に価すると、ヘビにワシの捕獲法を教える。罠にはまり、ヘビに捕まったアンズーは、贈り物をするので助けてくれと命乞いをしたが、ヘビはアンズーの翼を折って、竪穴に投げ込み、身動きできなくしてしまった。
 
4)アンズーはシャマシュ神にも命乞いをする。神はシュメル王朝の12代のエタナ王が、跡継ぎの子供を欲しがっているのを聞き、エタナに「山を越え飛んで行け。穴を見つけたら中を見よ。ワシが落ち込んでいる。その者が子生みの草のありかを解き明かすだろう」
 
5)エタナに助けられたアンズーは、子生み草を取りにエタナを乗せて天界を目指して飛翔する。
 が、あまりの高さに恐れおののいたエタナのせいで、一緒に地上に転落してしまう。
 
 こんな物語性、濃いキャラクターをもったアンズーのようなワシは、他にいないのではないか。
 アンズーのモデルはあるのだろうか。
 
 シュメル(今のイラク)に棲息するワシ、ハゲワシを探ってみると、エジプトハゲワシ、クロハゲワシ、チュウヒワシなどが候補にあがる。広げた翼の形、模様を見てみると、腕を広げたような白い模様が特徴のエジプトハゲワシとは違う。尾の形も。
 クロハゲワシは、「barn door wing」と例えられる納戸の扉のような翼なので、形が違う。
 チュウヒワシは、明るい縞の下翼をもち、尾も3、4の線条があり、上記の2種に比べれば、アンジーの図像に近く見える。そして、なにより、ヘビを主食とし、トカゲ、爬虫類を食べること。英名はSHORT-TOED SNAKE EAGLE。このワシこそ、ヘビの子を食べてしまったアンジーのモデルだったのではないか。
 
 
 鷹狩の文化では、ハヤブサ類、オオタカハイタカイヌワシなど、自分よりも大きな哺乳類に挑む孤高のワシタカが愛され、ヘビを食べたり、雑食のチュウヒ、トビなどは相手にされなかった。
 
 人とワシタカの長い歴史のなかで、その格下扱いが活躍した珍しい例が、メソポタミア文明のアンズーの物語でなかったか。
 
 足の長いアフリカ・サバンナの「ヘビクイワシ」(アフリカの中部以南に棲息、中近東にはいない)の内藤さんの写真を見て、足の短いアンズー、足の短いヘビクイワシ=チュウヒワシを思い出したのだ。
 
 
(佐々木光俊「ワシの力ーエタナ物語とその背景」、小林登志子「シュメル―人類最古の文明」などを参考にした)