南座行きの新幹線で、また左右を思う

先週末、京都の友達に誘われて、南座の顔見世に出かけた。
行きの新幹線で、ゆっくり読書ができた。
神保町の古書店で手に入れた「佛教藝術」272号の「元大都の皇城に見る『モンゴル』的要素の発現」を熱心に読んだ。
福田美穂さんという学者の論文。
 
以前ここで、「古代日本、ヨコシマなのは右か左か」を書いて、
モンゴルでは、(南面して)右方=西を、正のもの、聖なる方向とし、
        (南面して)左方=東は、副であり、邪なる方向。
逆に、日本は古代から、(南面して)左方=東を正のものにし
            (南面して)右方=西は、副次的な扱いだった、とした。
 
          モンゴル    日本
   西・右            
       
   東・左            
 
日本とモンゴルは左右、東西で正反対の空間観念を持っていた、と。
 
                 (  はグー、  はブーイング、のつもり)
福田さんの論文には、フビライが建設した十三世紀の元朝大都(北京)の建築設計でも西を大切にする独特のモンゴルの観念が、伺えることを書いていて、思わずひざを叩いた。論文中、宇野伸浩さんの「モンゴル帝国のオルド」の研究で、フビライの兄の憲宗の四大オルド(テントの皇城)で、西から第一夫人オルド、ついで、東へ第二夫人のオルド、第三夫人ー、第四夫人ーと続き、 
「元代を通じて西を一番尊いとする空間把握の観念があったことがわかる」(福田さん)とも。
 
モンゴル語で、西はバローン。右の意味がある。西を大切にする観念は右を重んじる観念に通じている。
日本や、「漢」では、皇太子が「東宮」であり、右大臣より左大臣が上位、といったように、東、左が重んじられてきた。
 
さてさて、京都南座の舞台でも、舞台左側(客席からは右)が「上手(かみて)」で、舞台で偉いものが上手に位置されてきたことを思った。
 「寿曽我対面」では、片岡仁左衛門の「工藤左衛門祐経」が上手の高い台座におさまっていた。  
 右側は「下手」。下座音楽もこちらにある。
西洋演劇でも、ステージ・レフト(客席から右)を、重視していて、日本と同様だという。
 
   日本の舞台  西洋演劇  モンゴル
左               
 
右              
 
では、モンゴルの伝統演劇で、上手下手は、左右逆だったのだろうか。
またも、気になることが出てきたー。
 
京都では、友達と、坂田藤十郎市川団十郎片岡我當を堪能したし、演目もメデタシ、メデタシばかり。なんとか、いい年を迎えられそうだ。