古代日本、ヨコシマだったのは左か右か

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「横」という言葉は、縦横の横だけでなく、古代の日本語では「ノーマルでない」という否定的な意味を持っていたーホント? と思える説を、言語学者の村山七郎氏が唱えていた。
 
 街の青空古本市で250円で売られていた「日本語の起源」(村山七郎・大林太良共著・恒文社、73年)を買って読んだら、そう、書かれていた箇所に行き当たった。
 「よこ・しま」=邪悪なさま
 「よこ・ごと」(横辞)=中傷の言葉、
 「よこ・なまる」(横訛)=言葉の発音、意味が本来の姿に対し横さまに用いられる、
 
といった具合に、確かに、横がつく言葉は悪い意味を持っている。
 
 万葉集52番の歌の、日経(ひのたて)は東、日緯(ひのよこ)は西、の表記も例に挙げていた。太陽が昇る東に対して、西はノーマルでないから、「日の横」だろうと推測している。
 
 古代ウラル・アルタイ語では、横は「左」(モンゴル語で3эгyн=ゼグン、現代モンゴル語は3YYн=ズーン)の意味を持っているから、日本語も、「左」=「邪悪」=「西」=「横」 だった、と仮想しているのだ。
 
 しかし、まてよ。先生は、凄い勘違いをしている。モンゴル語で「左」は、「東」の意味を持っているじゃないですか。モンゴルでも、南面して方角を決めたので、右は西で、左は東だ。
 
 京都の 右京区左京区 と同じで、北から南を見て、左右なので右京区=西、 左京区=東だったのだ。
 邪悪なのは、モンゴルでは「東」ということになる。
 
  
 先生の説は、根本が間違っていた。
 万葉集52番の歌は、藤原京の大御門(おおみかど)の
 東=日の経(たて)に香具山
 西=日の緯(よこ)に畝傍山
 北=背面(そとも)に耳成山
 南=影面(かげとも)のはるかに、吉野山が見えると歌っている。
 
 注目は北を、背の面としていること。藤原京の頃も、方位は、南に面して、左=東、右=西だったことが判る。モンゴルと同じ、方角感覚だ。
  どういうことか。
  邪悪なのはモンゴルでは「左」、日本では「右」だったと考えるしかない。
 
 
 鷹狩で鷹を止める手について、参考にすると、鷹匠が鷹を手にしたのはモンゴルでは「右手」、日本では「左手」、ともに邪悪でない方の腕を用いていることになる。