明治34年の「考古界」

 前に触れた明治時代の考古学、人類学の学者若林勝邦氏、坪井正五郎氏らの当時の活動ぶりを知りたくて、明治34年に発行された学術誌「考古界」を古本店から取り寄せた。

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 同誌は明治28年に設立された「考古学会」の機関誌。設立に奔走した若林氏、三宅米吉氏、沼田頼輔氏、協力した坪井氏の面々が寄稿している。東京を拠点にした草創期の学者たちの意気込み、好奇心があふれていている。

 

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 若林氏は、関西で出土した動物の小さな埴輪に注目し、「小形の埴馬」の存在を紹介していた。図も大雑把であるが、今後全国で展開されるだろう発掘調査を前に、情報を共有したいという熱意を感じる。ただし、この埴輪は馬でなく、どう見ても犬だろう。今では橿原・四条一号墳、天理・荒蒔古墳などこれに似た犬形埴輪が出土している。

 

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 坪井氏は、前号で平子鐸嶺が「五輪形石塔婆」を紹介していたのに呼応して、佐渡の三例を報告した、と書いている。石を積み上げた五輪塔でなく自然石に五輪塔を彫ったもの。私は知らなかったが、今では、鎌倉~南北朝時代文化財として認知されているようだ。

 

 皆で情報を集め合っているような、権威主義の匂いが感じられない伸び伸びとした雑誌のように見受けられる。ちょうど大正期の喜田貞吉の「歴史地理」のような賑やかさ。

 

 この学術雑誌に意外な「広告」が載っていた。(続く)