密輸商人OWLERからフクロウ燈籠まで

   スチュワート先生は、英に一時帰国した際、初めてグレートブリテン島の西南端をまわったという。デヴォン、コーンウォール両カウンティ。奥まった入り江に、18、19世紀に密輸で栄えた隠れ港がある。 ブランディー、羊毛などべらぼうに高い関税をかいくぐり、大儲けしていたという。
 その一つ、クロヴァリーという大西洋につながるケルト海に面した崖沿いの美しい観光地で、ゆっくりしてきたという。

 密輸商人はSMUGGLERとよばれるが、「OWLERともいわれるって、今回初めてしった」と先生。私がワシタカに興味をもっているから、フクロウ(OWL)に関係した単語をおしえたかったようだ。
「なぜそういうか、判らない」と先生は先手をうってくる。
「夜に活動するからですかねえ」
「そうかもしれない」

 フクロウは、幸福をもたらしたり、智恵の持主として、よい鳥とされるところと、悪魔の使いとして邪悪の鳥とされるところがある。極端なのだ。英国では、幸福の鳥ではなさそうだ。
 先ごろ神保町で仕入れた「都林泉名勝図会」(昭和3年、日本随筆大成刊行会)に、梟(フクロウ)燈籠というのが紹介されていた。

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  同書は、18世紀末の寛政年間に出版された、京都の名園を紹介するガイド本。東福寺内の三聖寺(さんしょうじ)に梟燈籠というのがあったことがわかる。
古作火袋に梟の形を彫刻す。伝云、原此地は悪七兵衛景清の館なり、其の時よりここにありしとぞ。
 たしかに、鹿の絵などの代わりに火袋に、枝にとまった梟が彫られている。
 元々は、悪七兵衛景清(あくしちびょうえかげきよ)の館にあったと伝えられていたという。

 歌舞伎でもしられる景清は、平家に使えた武士、藤原景清平景清)。勇猛だったので、悪七兵衛景清といわれた。源平の戦いでやぶれたが、伝説化して後世につたえられた。歌舞伎は、土牢をやぶる「牢破りの景清」。おどろおどろしいイメージと、ふくろうがかさなるので、梟燈籠に景清の館がからんだのだろうか。
 
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 手元にある明治21年発行の金港堂の教科書「高等日本読本第2」(三宅米吉、新保磐次著)には「梟」の項があって、
梟ハ日ノ暮ルルヲ時トシテ出デテ食ヲ求ム。ソノ寂寞タル住居、暗黒ナル夜行、蓬蓬タル頭、巨大ナル眼、潜メキタル羽音、物スゴキ啼キ聲、皆人ノ心ヲ寒カラシムルニ足レリ」とかかれている。
 
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 挿絵をみると、このふくろうも目がくりくりしてかわいいのだが、夜というものが本当の闇の世界であったころには、夜行性のフクロウは英国でも日本でも、不気味とされてしまったのだろう。