呉公にかまれた「奈良の夫人」と、呉公の舞

 東京に単身赴任してきた後輩と茶飲話をしていたら、奈良・二上山の麓にすむ奥さんから、ムカデに目の辺りをかまれてはれあがったと、電話があったという。
  いわく、奈良県には大きなムカデが生息していて、家の中にまで入ってくるのだそうだ。なにもしなければ咬まないが、外に放りだそうとすると、こんな悲劇が起きるという。
  ムカデは暗緑色で、東北出身の後輩は初めて遭遇したとき、「デカイ!」と、おののいたそうだ。10センチをこすトビズムカデ、あるいはアオズムカデあたりだろうか。
 
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 同じ奈良県二上山の北、信貴山はムカデ文化の宝庫だ。 毘沙門天王」の額の左右に、蛇行する金色のムカデの彫物が据えられている=写真=。
 
 日本の毘沙門信仰の発祥地とされる聖徳太子なじみのこの信貴山朝護孫子寺」には、ムカデの意匠が境内にあふれかえる。ムカデは毘沙門天の使い。信貴山ばかりでなく、京都・鞍馬寺など、毘沙門天信仰あるところ、ムカデが姿をあらわす。
 
  ムカデとの縁でかんがえると、呉公は毘沙門天なのか。
 
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 後藤淑(はじめ)氏によれば、今は途絶えた「伎楽」は、鎌倉時代の「教訓抄」の記述で、ある程度再現できるらしい。
  伎楽は「行道(ぎょうどう)」といわれる仮装行列で、行列は寺の金堂の周りを回ったあと、最後に正面の灯篭前で、順に芸を披露したという。
 
 1 治道=サルタヒコや天狗のような鼻の仮面男が、露払い
 2 獅子=悪魔祓い
 3 獅子子=美少年2人が獅子をひきあやす
 4 呉公=扇をもち、盤渉調(ばんしきちょう)の笛で静かに舞う
 5 迦楼羅=鳥が毒蛇を喰うさまを跳躍して舞う
 6 金剛=還城楽の破を吹奏して、走舞(人や動物の動きを模写)
 7 波羅門=ムツキアライ(下着を洗うサマ)を滑稽に演じる
 8 呉女、崑崙、力士=崑崙が呉女に懸想してせまるが、力士がうちのめす
 9 大孤父=仏前で、老女が継子を責めたことを後悔する。別説も
10 酔胡王・酔胡従=酔っ払い集団のマネ
 
 以上は後藤淑「改定日本芸能史入門」(79、社会思想社)参考。
 
 伎楽面をつけた男たちが、次々に俗っぽい芸を披露していることがうかがえる。
 
  邪を払い、              =1、2、3
  物まねの動作をし           =5、6
  寸劇で笑わせる            =7、8、9、10
 
  こうしてみると、静かに舞う4の呉公だけがういている。4もまた動物模写などの、細工があったのではないか、と推測したくなる。