昭和9年、犬と記念撮影した家族

 ペットといっしょに、家族写真を撮ったのは、このくにでは、いつ頃からなんだろう。
 『王様の背中』(内田百閒、旺文社文庫)で、圧倒的な挿絵を手がけた谷中安規のとびらの木版画をみて、思いをめぐらせた。
 
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 野外で制服を着たお父さんが、三脚を立てて、奥さんと2人の子供と、記念写真をとろうとしている。シャッターのあと、お父さんは、自動撮影の僅かな時間を、家族のもとに走りよって、いっしょに写したのだろう。女の子の脇に、耳を立てた犬が家族の一員のように、チョコンと座っている。その距離感がなんともいえない。犬が自分の意思で、いっしょにレンズに顔をむけているかのよう。
 
 本は、昭和9年5月に上梓された。このころ、ペットが家族の一員としてかわいがられていたことがわかる。
  全体の版画はこうー。
 
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  昭和9年(1934年)は、満州国で溥儀が皇帝になった。
  横須賀に海軍航海学校が開校した。
  ベーブ・ルースメジャーリーグの選抜チームで来日して、藤沢カントリー倶楽部でゴルフした。
  そして、忠犬ハチ公銅像が建てられた。この時ハチ公は生きていて、翌年3月に11歳で亡くなった。
 
  大きな戦争にむかって、この後、時代は駆け足で進んでいった。このイラストの家族や、子犬はこの後、どんな風に生きていったのだろうと、想像してしまう。
 
 谷中さんの挿絵版画は素晴らしい。百鬼園先生の”しょうもない”童話を、絵の力で素晴らしい本にしてしまった。
 
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 おばあさんの影絵が猫にみえてネズミたちが恐々となる「影法師」という短い童話でも、谷中さんの、猫とネズミの戦に仕立てた挿絵が光っている。猫の尾に、槍をさす甲冑のネズミ、ビックリ箱からバネでとび出して、小さなハンマーで猫の額を狙うネズミ。
 ネズミにとって猫はこんな存在にみえるのか、と笑いをさそう。
 
 谷中さんは、戦争をなんとか生きのびたものの、昭和21年に亡くなっている。