赤いクワガタと芥川のスパニッシュ・フライ

 「赤いクワガタ」が京都、滋賀に出没したので、要注意という報道が流れた。
 有毒の昆虫で、体液に触れると皮膚がただれるとのことだった。
 クワガタが有毒というのは初めて聞いたので、違和感があったが、案の定、全くクワガタと関係のないツチハンミョウの一種だった。体長も2-3センチと小さい。
 
 ツチハンミョウの怖さについては、前に触れたことがある。
 マルタ共和国マルタ島で、兵士がツチハンミョウを食べて入院した例、
 カナダ・トロントのスーパーの有機サラダに混じっていたのが発見され、大問題になった例を簡単に示した。
 ☞ツチハンミョウは北米でも騒ぎになっていた
 
 触って、ただれる以上に、誤って食べると大変なことになるようだ。
 
イメージ 1
 作家の芥川龍之介が、ツチハンミョウを入れた瓶を持っていたことを、最近知った。「奥本大三郎随想集 織田作之助と蛍」(教育評論社2019年)の「田端の芥川龍之介」の章で、触れられている。
 昆虫好きだから持っていたわけでなく、毒薬として。
 
 当時欧米では、スペイン産のツチハンミョウを「スパニッシュ・フライ」と称して、媚薬として流通していたのだった。作家の谷崎潤一郎がこれを手に入れたのを、芥川が知って自分も欲しがったのだという。
 芥川の親友の小穴隆一が医師から手渡されたものを、芥川に届けたのだった。
 
 小穴は、晩年の芥川は、中国でピストルを手に入れたとか、まるで「自殺マニア」のような状態だった、と「二つの絵」で書いている。
 
 「スパニッシュ・フライというのは谷崎潤一郎等も持っていて、当時割合に流行った媚薬であるが、分量を多くすれば媚薬的効果を超えて致死量となる。原料は蝿ではなく、ゲンセイというツチハンミョウの仲間の甲虫である。ゲンセイは体にカンタリジンという物質を含み、これを三匹分も服用すれば死ねるのである。ただし、腎臓がただれて七転八倒の末に」
と、ツチハンミョウの怖ろしさを、奥本さんは説明している。
 
 今回も、「赤いクワガタ」などと報道せず、ツチハンミョウのことを正確に伝えるべきだと思う。
 
 奥本さんの随想集はとても、興味深く、第2次大戦中も蜘蛛の観察をしていた作家広津和郎、昆虫採集家の作家牧野信一、そして大阪の盛り場での虫売り、昆虫の民間薬などを書き綴っている織田作之助のことなど、昆虫を通した確かな作家像を浮き彫りにしている。