2019-08-07から1日間の記事一覧

修学院離宮と東福門院(3)

修学院離宮は当初、上の茶屋と下の茶屋しかなかったが、時代が下って、後水尾天皇と縁が深かった近くの林丘寺の半分を中の茶屋として取り込んだ。 中の茶屋には、楽只軒や客殿など見どころがある。客殿は、仙洞御所北の女院御所の奥対面所から移築したもので…

修学院離宮と東福門院(2)

上の茶屋の大刈込については、近藤富枝が小説「東福門院和子 江戸の花女御」(2000年)で丁寧に描いていた。 万治三年(1660)五月十二日、落飾し法皇となった後水尾院と東福門院が修学院離宮に始めて御幸する最後のくだりだ。 「所司代牧野親成が馬…