ゴヤのファーストネームと八重山と

 細が友達と「ゴヤ展」に行って来た。
 ゴヤというと、若い頃読んだ「ゴヤファーストネームは」という詩集のタイトルを今でも思い出し、はて、ゴヤファーストネームはなんだったか、気になった。
 
 
 その詩集は、飯島耕一のもので、
何にも興味をもたなかったきみが
 ある日
 ゴヤのファースト・ネームが知りたくて
 隣の部屋まで駈けていた
といった一節がある。
 
 ゴヤファーストネームへの好奇心が、閉ざしていた自分の心を世界へ開いていく、象徴となっている、 
そんな詩だった記憶がある。
 
 沖縄で大きな話題だった八重山が、東京でもニュースになりだした。公民教科書問題。石垣島西表島を中心とした八重山について、もっと理解される機会となればいい。
 
 八重山は、「やえま」と呼んだ方が感じが出ていてる。本土で、八重山という名が親しまれたのは、明治時代初め。琉球処分をめぐって八重山の地域が日本の関心事となったせいで、戦艦に八重山の名がつけられた。
戦艦八重山は、日清戦争で活用された。太平洋戦争では2代目戦艦八重山が撃沈された。
 
 太平洋戦争の敗戦直後、八重山は米軍統治下となった。その頃、神田駿河台に、八重山書店という出版社が作られた。「左千夫歌集合評」とか、「私たちの考古学」「私たちの生活史」とか出して、消えてしまった。
なんでこの名がついたのか、分からない。
 
 出雲神話の中の歌謡の、八雲立つ出雲八重垣妻込みに八重垣造るその八重垣を」の八重垣が、沢山の垣根の重なった美しい住まいなら、八重山は、穏やかな海に、島影が重なるさまを思い浮かべる、美しい呼び名だ。
 
 ゴヤの名前は、フランシスコ・ホセ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス
 
Francisco José de Goya y Lucientes) 
 
 随分と長くてややこしい。ゴヤファーストネームは、フランシスコ・ホセが、正解なのか。