ギンヤンマのギボから国見を夢想する

 動物学者筒井嘉隆さんの「町人学者の博物記」(河出書房新社87年)を古本屋で見つけ、「子供のころの 大阪市内の動物」という文章を読んでいたら、「ヤンマ」が出て来た。
 筒井さんは、 大阪市西区北堀江 に生まれ、今は埋め立てられた堀江川でギンヤンマを捕って遊んだという。その一節ー。
 
堀江あたりでは、ギンヤンマのオスはラッポー、メスはベニ、雌雄のつながっているものをギボとよび、ギボがとんでくると”ギーボホエ“とよんで、もち竿をふった」。
 
 雌雄のつながっているトンボとは、雌雄連結し輪っかの形のまま産卵に行く姿だ。
ギボというよび方が面白い。ギボは、「擬宝殊」(ぎぼし)から来たことばだろう。擬宝殊のような形をした円い、という意味のギボという方言は、今も残り使われている。
 ギンヤンマの連結の姿は、確かに擬宝殊の形に似ている。
 
 
   イメージ 1 福島・白水阿弥陀堂ギボシ
 
  トンボの連結する姿の最も古い表現は、アキツの「トナメ」=殿なめ、として日本書紀に登場する。殿なめ=尻舐めのことだ。頭と尻をつなげたまま産卵へ向かう、トンボ特有の姿をずばり「トナメ」と表現した例は、ほかの言語にあるのだろうか。
 
 書紀の作者は、スガル=じがばちの表現同様、昆虫の生態にやけに詳しい。
 書紀でトンボのトナメが出てくるのは、神武天皇が発した言葉。掖上の丘から国見をしたとき、くには、狭いけれど、トンボのトナメのようだ、といったと伝えられる。
  国文学者は、トンボのトナメの形のように、山並に取り囲まれた「円いくに」に例えた、と解釈してきた。丘は、御所市の本馬山や国見山あたりとされる。そこから、山に囲繞された円いくにが見えるのだろうか。