「狸ビール」という伊藤礼さんの本は、僕が最も好きな本の10冊に入る。猟というものをユーモラスに描いていて、僕が知りたかった人と猟犬の関係や、人と犬の心のやり取りが伺えるからだ。
日本がまだ豊かな自然の残っていた頃の、野山を舞台にした人と犬の共同作業だったのだ、狩りというものはー。槍や弓を使っていた時代もそうだったろうし、鷹狩りでも犬との呼吸が肝心であったのだと思った。
鷹狩りには、鷹犬という猟犬がいる。猟犬のセッター、ポインター同様、中国、日本にもそれぞれ鷹犬がいた。そのなかで、いま僕が分かるのは、アラブの鷹犬、サルーキという賢い犬のことだ。前に紹介した「ARAB FALCONRY」に出てくる。
イエメンのサルキ村が発祥らしい。
日本でのオオタカなどと違って、アラブの鷹狩りで用いるハヤブサは、果てしなく遠くまで一気に飛び去ってしまう。サルーキは、他の犬とは違って決して見失わない視力を持ち、主人を遠くで着地したハヤブサまで導いてゆく。
同書に紹介された、子犬のサルーキ=写真=は、確かに鷹の隣で大人しくしている。
なんで、こんなことを書いたか。隼人研究の第一人者中村明蔵先生の「クマソの実態とクマソ観念の成立について」という論文を読んで、こんな箇所を見つけたからだ。
隼人は、5世紀末から6世紀はじめに畿内に移住させられたが、「移住した隼人の職掌は、その移住先に「イヌカイ」あるいは「ミヤケ」などと屯倉に関連ある地名が見出されることが多いから、隼人―犬養―屯倉という一連の関係のなかでとらえられる」
ハヤブサとイヌカイ。隼人が「犬養部」のようなイヌの育成の職掌を持っていた、と想定している。日本の古代においても、鷹狩りが行われ、鷹犬が飼育されたと考えられる。隼人が行ったイヌの育成とは、鷹犬の訓練だったのではないか。
上述の「ARAB FALCONRY」では、10世紀の「IBN KUSHAJIM」の書を引用して、良い鷹犬の条件を沢山挙げているが、そのひとつに「大きな恐ろしげな、ひと吠えを上げること」としていた。まさに、隼人の犬吠えさながらではないか。