惚れ惚れとする若き日のギレリス

  猫のいる古レコード店で、手に入れたギレリスのLPがほかにもある。

 

 若き頃の演奏録音を編集して、87年にソ連のメロディアから発売されたものだ。

 

 モスクワで急死して2年後。LPには追悼の意味があったのだろう。

 若き日のキリっとした表情の写真を嵌め込んだ水色のレコードジャケットには、露語英語の、エミール・ギレリスの名とともに

ロシア語で 3AΠИCИ PANNИX ЛET

 英語で   EARLY YAERS RECORDINGS

 

 のタイトルが印刷されている。

 

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 1933年の第一回全ソ音楽コンクールでの、伝説的なギレリスの演奏を彷彿させる2年後の録音と、1950年の録音を収録したものだった。

 

 ライナーノートを書いているG・ゴールドンという人物は、「1933年春、モスクワでは第一回全ソ音楽コンクールに公衆の目が注がれていた。候補のひとりが16歳のギレリス。リストーブゾーニの『ファンタジア モーツアルトフィガロの結婚の2つの動機から』の演奏が終わると、聴衆は立ち上がり、全員一つになって足を踏み鳴らした」と書いている。

 

 2年後に録音されたこの「ファンタジア」、またコンテストで演奏された別のピアノ曲、ラベル「トッカータ組曲クープランの墓」から)が、17年後の50年の録音ではあるが収録され、ギレリスの33年の伝説デビューを偲んでいる。

 

 強い打鍵と高度な技巧。壮大で流麗で、次第に盛り上げていき、聴衆の心を一気につかんでいく。このLPには、ほかに、ドビュッシープーランク、ファリャ、メンデルスゾーンの親しみある曲を収録している。

 ソ連の作曲家の曲は含まれておらず、エンタテイメントの香りがする。思索的な深みのあるリヒテルのピアノ演奏とは対照的で、心の襞などを感じさせることはないが、明快で軽快で、若々しさにほれぼれする。

 私は、プーランクの「羊飼いの少女たち」のなんともやさしさあふれる演奏をききながら,この追悼LPを作った人は、ギレリスのもうひとつの素顔を伝えたかったのか、と思った。