猫のいる古レコード店では、思いがけないレコードに出会う。
ロシアのピアニスト、エミール・ギレリスの英国発売のRCA盤を買ったときもそうだった。家に戻って、さあ聞こうと思った時、ジャケットに、ボールペンのサインを見つけた。E GILELS と読める。
まさかと思って、ネットでギレリスのサインを捜すと、大変良く似ていた。いたずらの可能性が高いだろうが、折角だし本物と思うことにした。
LPには、バッハのフランス組曲5番とショスタコーヴィッチのソナタ2番が録音されている。
その後、しばらくしてジャケット内になにかレコード以外のものが入っているのに気づいた。ロンドンのロイヤル・フェスティバルホールでのギレリス公演のプログラムだった。
1984年2月5日午後3時15分開始。
休憩
ベートーヴェン ソナタ29番 作品106 ハンマークラヴィーア
1985年、ギレリスがモスクワで不運な死を迎える1年前の英国公演のプログラムだ。公演時は67歳だった。
このレコードの持ち主は、ギレリスのロンドンコンサートを聞いた時、サインをもらったに違いない。なぜか、それが巡り巡って神田神保町の古レコード店にやって来て、今はわが家のレコード棚におさまったわけだ。
私の好きなハンガリー生まれの指揮者フリッツ・ライナーが東欧に侵攻したソ連を憎むあまり、ギレリスとの共演を拒否しようとした因縁もあるし、このLPがきっかけでギレリスのことをもっと知りたくなっている。