床屋談義とネアンデルタール人の髪型

 事務所を抜け出して、近所の床屋へ行く。田村隆一の夏の詩に、床屋の出てくるのがあって、伸びた髪と一緒に不眠症も刈り取る、といった一節があったような気がする。寝不足退治もかねてドアを開けた。

 

 担当してくれるのが、3人のうち気まじめな男性店員だったので、気軽にやり取りする。

「歳とっても、髪の毛の伸びる速さは一緒なのかなあ」

「一緒ですね。ただ、毛は細くなります」

「しかし、人間だけじゃないですか、髪の毛が伸び続けるのは。動物は、すぐ生えかわるからね」

「サルも人間と違って短いですね」

ネアンデルタール人はどうやって髪を切っていたんだろう」

「実際、見たわけじゃないですが、石器じゃないですかねえ」

 

 髪の毛のことが気になった。人類だけ長髪だというのは、別の理由があるのではないか。例えば、人間にとって最も重要な脳を守るため、つまりヘルメット替わりに長髪が必要だったのではないかと。

 

 しかしながら、5000年前に、エジプトでは医療行為として、カミソリで髪をすったということだった。

 

 日本はどうだったか。古代の髪型について書かれた古本が本棚の奥にあったはずだ。黒川真頼全集(明治43年国書刊行会)の端本(4巻)に収められた「日本古代女子風俗」だった。

 

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「上古の女子の髪は、豊満にして其の丈は極めて長し」「膕を過ぐるを尋常とし、身の丈に余るを美人の相とせり」。

「膕」は「ひかがみ」と読み、膝の後ろのくぼみのことだった。

 ふつうは、髪は膝の後ろまで垂れ、背丈を超えれば美人とされたというのだ。

 

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 カットしたら美人の資格を失ってしまうから、ヘアカットしなかったことになる。普段は髪を垂らし(垂髪)、仕事の時は結う(結髪)。結髪に時間がかかっただろうと同情する。

 

 黒川は、神功皇后が、髪型を男性のミズラに変えた「古事記」の記述を参考にして、「皇后の御髪の一髻なりしを、両髻の美豆良に結ひて、男子の容儀をせさせ給いしと見るべし」。女性は髪を一束にし、男性は左右に分け計2つ束ねていたことが分かるとしている。

 

 束ね方が違うだけで、男子の髪も「ひかがみ」に達するほど長かった可能性がある。

 

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 思い出したのが、古代中国の霊魂観をまとめた大形徹氏「魂のありか」(2000年、角川選書)。途中で、ほったらかしにしてあったが、探しあてて目を通すと、古代中国の髪の考え方が出ていた。

「中国人は一般に魂は頭上からぬけると考えている」。そのため、「頭上の髪はとくに重要な意味をもった。髪を通して毛先から魂が外にぬけだしてしまうと恐れたのである。そのため古代の中国人は髪の毛を切らず、長くのばした髪を毛先を中に入れこんだ形で編み込み、さらにその上を頭巾や冠などで周到におおい、魂がぬけでないようにした」。

 現在の私たちのような短髪、ザンバラ髪のことは被髪と呼ばれ、「幽霊の髪型であった」と書いてあった。

 

 しかし、こうしてみるとそれぞれ、美人とか、魂が抜けるとか、理屈付けは違っても、結果的に長い髪で頭を覆って脳を守っていたことになる。ネアンデルタール人も長髪で、頭上で束ねていたのだろう。よく見かけるザンバラ髪のネアンデルタール人想像図は間違いではなかろうか。

 

 本格的な夏を前に、断然、幽霊頭は気持ちがいいが、外出時は、魂が抜けないように帽子をかぶることにする。