やっと分かった節分の「ごもっともさま」

 前に書いた後、ほっぽらかしていた件もあって、三峯神社に参詣した。

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 京都の町屋で、節分の豆まきの際、「ごもっとも、ごもっとも」と周りで唱和されることと、秩父三峯神社での節分行事に「ごもっともさま」と声をかける「ごもっとも神事」が残っていることのわけを知りたかったのだ。はるか離れた2箇所で、共通の節分のしきたりがあることの、糸口をつかめれば、という思いがあった。なぜ、京都と秩父でだけ、豆まきで「ごもっとも」といわれるのか。そして、その際、棒やしゃもじ、扇が必要な道具として用いられるのか。(カテゴリー「ごもっともさま」参照)

 

 ヒントはすぐ手に入った。神社と思っていたが、江戸時代まで修験道の神仏融合した寺院だった。それも、聖護院派、天台修験の関東総本山だった。

  聖護院は、京都にある本山派の修験宗総本山。京都土産でおなじみ「聖護院八ツ橋」のほか、聖護院大根など菓子、野菜に名前が残っている。聖護院は京都の生活に入り込んでいる。

 天台修験の名残もまた京都の町屋に残り、それが節分のごもっとも、にうかがえるのだろう。

  節分の「ごもっとも」は、おそらく、本山派の修験道にルーツがあるにちがいない。

 

 2015年の聖護院の節分会は、YOU TUBEでも見られる。鬼が登場して、豆をまかれて、善い鬼に生まれ変わるといったもので、注意したが「ごもっともさま」の掛け声は発せられないようだった。

 ただ、鬼は金砕棒(かなさいぼう)、いわゆる金棒を持っていて、これが、三峯のごもっとも神事の「ごもっともさま」の太い棒のルーツである可能性を示唆している思った。

 金棒が、京都の町屋では、しゃもじ、扇に変わる。

 

 それでは、「ごもっとも」とはなにか。「鬼は外」「福は内」と豆を打ち付けられた鬼が、「降参しました」「わかりました」という意味で発する言葉、それが「ごもっとも」だったのではないか。

 

 鬼が登場しない場合、年男が豆をまく際に、鬼の代わりに、周囲の連中、或いは付添い人が、「ごもっとも」と鬼の言葉を唱和している。実に、簡単な答だった。