夏の終わりの三峯オオカミ

 夏の終わりに秩父の温泉宿に細と泊まり、帰りに三峯神社に参詣してきた。

 お犬さま、山犬さまとして、オオカミを信仰する御眷属信仰の神社なので、狛犬代わりに、「大口真神」=オオカミの阿吽2体が境内を守っていた。

 

 いくつかある中に、神田市場講奉納の1対があった。大正11年6月に奉納されたものだった。ほほう、と思った。

 

f:id:motobei:20190902175120j:plain

 事務所の近くの神田淡路町の歩道に「神田青果市場発祥の地」の碑が立っていることもあり、神田でも信仰が深かったのかと、興味を持ったのだ。

江戸の始め神田多町、須田町に幕府御用市場が作られ、大正時代まで賑わっていた。

 その神田市場内に講が作られ、三峯神社に参詣、あるいは代参を依頼していたのだろう。関東では、江戸時代から三峯のほか、大山講、榛名講と山域の寺社への信仰と代参が盛んだった。

 

 三峯のご利益は、

1)農家では猪鹿除けとして(オオカミがイノシシ、シカを退治するということから)、

2)江戸などの都市部では、火除け、盗賊除けとして(火や不審な音に敏感に察知することから)

信仰を集めてきた。

 

 神田市場も火除け、盗難除けで三峯を信仰していたのだろうに、オオカミ像を奉納した翌年、大正12年9月関東大震災に見舞われて市場は壊滅。復旧したのは、昭和3年、しかも秋葉原に移転しての開場だった。

 

 ちょっと、複雑な気持ちで、スマホに写った赤い前かけをしたオオカミを眺めた。