新村出の「南方記」から思ったこと

   神保町の三茶書房で、新村出の「南方記」を見つけ読んでいる。

 明治書院から昭和18年に上梓されたものだった。戦時下の出版で、日本軍の南進を祝福しながら、専門の南方由来の日本語などの蘊蓄を披露している。新村は「広辞苑」の編著でおなじみ。

 その中に、支那という呼称について、興味深い文章があった(「南方語・地名・国名」)

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支那では支那といふ名称を避けたがり、中華民国とか中国、或は民国などと称してゐる」

 

「支は枝に通じ、那は疑問の助辞であるから、支那といふ名称は決して意味の充実したものとはいへないのであるが、それではわれわれは支那を軽蔑して支那と呼んでゐるのかといふと、さうではなく寧ろ反対である」

 

「英語のチャイナChinaはチーナ即ちチン(秦)に由来する。秦の始皇帝が国内を統一し余力を駆って遠く国外にまで威力をとどろかせて以来、秦が支那の名称となったのである」

 

「然し前にもいつたように、字の感じが悪いので、支那人自身は坊さん以外には支那とはいはず、唐土、漢土、或は中国などといつて来たのである。支那でも古くは日本を倭といつてゐて、この文字は温順といふ意味があつても、軽蔑した意味はないのであるが、やはりわれわれの国民感情としては喜ばしくない。それと同じやうに、支那といふ字も国民感情を考へて、出来るだけ避けるやうにしたいものである」(昭和16年1月大阪毎日新聞社主催文化講座講演)

 新村は、支那は避けた方がいいといいながら、自分では講演で「支那」「支那人」を連発しているのがなんともおかしいが、今でこそ、使われなくなってきた「支那」(支那ソバの表記にこだわるラーメン屋はある)の呼称について、この頃から問題になっていたのだった。

 先ごろ、静岡大学の楊海英教授が、日本で使われている「ジンギスカン料理」という名称について、ニューズウィーク日本版で「モンゴル人にとってのチンギス・ハンは日本人にとっての天皇家と同じであり、料理の名前にしてはいけない神聖な存在」と指摘したのを思い出した。

 使う方は悪気がなく、名称として長い間通用しているとしても、相手が嫌がる表現は、新村先生がいうように、民族感情を考え避けたほうがいいのだろう。

 

  なお、あらためて、新村の「広辞苑」(第四版)の「支那」の項を見ると

「(秦の転訛)外国人の中国に対する呼称。初めインドの仏典に現れ、わが国では江戸中期以来第二次大戦末まで用いられた。戦後は「支那」の表記を避けて多くシナと書く」とあった。