消えた文庫本の気になる装丁

 オフィスの近所に、古本店「手文庫」がある、というかあった。
 文庫本ばかり扱っていて、仕事の帰りに立ちよった。
 結構知らない昔の文庫本があるのだった。
 創芸社の出した「近代文庫」は、存在すら知らなかった。
 
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 創芸社の住所を見ると、ご近所の千代田区神田錦町1-16。本郷通りに面した小川町の交差点近く、昭和7年建設の明治書院ビルが建っていた。ネオルネッサンス風の3階建てで、今は姿を消したが、創芸社西五軒町に移転するまで、1951-55年の5年間、このビルの一部を借りていたようだ。

 1951年は、戦後の紙不足が解消されたのだろう、ほかに市民文庫(これも知らなかった。河出書房)、三笠文庫(三笠書房)、青木文庫(青木書店)、創元文庫(創元社)、現代教養文庫(社会思想研究会)が発刊されている。
 
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 その近代文庫(「巴里芸術家放浪記」)の背表紙には、桂冠に囲まれたラテン語のマークがついていた。
 VITAM IMPENDERE VERO
 小さな日本語の文字で「真理のためには命を捧げる」が添えられている。訳なのだろう。戦後、ラテン語箴言のようなものが流行したのだった。
 ローマ詩人のユウェナリス(60-128)の「風刺詩集」の言葉らしい。
 
 このラテン語を検索してみると、よく似た画像に出くわした。
 1764年にフランスで発行された、ルソーの「山からの手紙」=LETTRES ECRITES DE LA MONTAGNE。
 
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 近代文庫が、この18世紀の本の装丁を、参考にしたのは間違いない。創芸社の編集者が、よく見つけてきたものだと思う。
 
 だれか、詳しい人物がいたのだろうか。
 
 日本評論社の世界古典文庫(「僻地の旧習」)にも、裏表紙と扉にラテン語らしきものが描かれたマークを見つけた。
 火の灯った燭台。左右のラテン語らしき文字の意味は分からない。
 
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 評価が高かった世界古典文庫は、紙不足のはずの1947年6月に発刊され、50年に終刊した。
 ヒントを見つけたのは、林哲夫氏の「古本スケッチ集」。林氏に、文庫本研究家の吉田勝栄氏から、世界古典文庫の、凝った表紙やら装丁は、フランス文学者の渡辺一夫氏の手になるものではないかと、質問があったことを書いていた。
 渡辺氏は、フランスの古書籍の蔵書を参考に、六隅許六の名で、装丁家としても活躍していたのだった。
 林氏は、なんらかの形で渡辺氏が同文庫に関与していたと推測している。
 
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 戦後の文庫本の装丁の世界も、興味深い。
 神保町の奥に移転し、遠くなった「手文庫」にも、たまには足を運ぶことにしよう。