師走も半ばとなって、銀杏がやっと真黄色に輝きだした。
銀杏は、「オウキャク」と言われているのが、気になって調べてみた。「鴨脚」と書く。
銀杏の葉が、鴨の足に似ているのでそう呼ばれたのだという。中国・江南地方では、「鴨脚」をヤチャオと発音するので、日本でもイチョウと呼ぶようになったという。
ヤチャオ→イチョウ
ということらしい。
梅尭臣に「鴨脚子」だか「鴨脚」という題の詩があるというので、詩集を取り寄せて捜したが、見つからない。その代わり、この詩人は、蚊だの蝿だの、鶏、ミミズ、果ては蛆虫だの、生き物を取り上げたユニークな人物だということが分かった。
猫も描いている。「祭猫(猫を祭る)」という飼猫を描いたものがあった。
「五白の猫を有(も)ちて自(よ)り
鼠は我が書を侵さず
今朝 五白死せり」
と始まる、飼い猫五白(体の半分が白かったのか)の死を悼んだ詩だ。
「五白の猫を飼ってから、鼠はわたしの書物をかじらなくなった。/けさ、五白が死んだ。御飯と魚を供えて葬ってやった。/河の中ほどまで見送って、お前のけがれをはらったが、決してお前を粗末にするわけではない。/前にお前が一匹の鼠にかみついて、口にくわえて鳴きながら庭をぐるぐるまわったことがあった。/鼠どもをおどかそうとしてやろうというのであり、わたしの住居からきれいに追っぱらおうとするつもりらしかった。/船に乗ってからというもの、ずっと船の中の一つ屋根の下で暮して来た。/ほしいいはとぼしかったとはいうものの、鼠に小便をかけられたものや、かじられたおあまりを食わずにすんでいた。/これは全くお前が精出して働いたおかげなのだ。精出して働くという点では鶏や豚よりも勝っている。/世間の人は走らせたり引っぱらせたりすることに重きをおき、馬やろばの方がずっとましだという。/仕方がない、もう言うのを止しにしよう。お前のためにいささか悲しみにくれるわたしだった」(中国詩人選集二集・梅尭臣、筧文生注、岩波書店)。
日本でいうと、平安時代。宋には、猫に理解を示すこんな詩人がいたのだな。
イチョウの話も猫の話になってしまった。