三輪山とチイサコベ

 鉱山の採掘は小人が行っていたという伝説は、北欧、英、ドイツなどゲルマン系の人々の間に残っている。
 小人は、採掘のほか、鍛冶、刀作りに異彩を放っていたというものだ。
 
 19世紀生まれの英国のコーンウォール州の牧師で、民俗学、考古学者でも知られるベヤリング・グウルド(1834-1924)は、手探りながら、鉱山、冶金を得意とする小人の伝説の考証をした。彼の著書「民俗学の話」(角川文庫、1955年)が戦後翻訳されている。
 
 グウルドの住む英南部のコーンウォール州は、古代からの錫鉱山があり、この鉱山で働く人達の話も収集したようだ。
 
ドイツやコオンウォル或はデヴォンシャ(コーンウォールの隣州で錫鉱山がある)には、トロルと称して、鉱山で働く小人がゐたといふ俗信が曽つては行はれ、尚現に行はれてゐるところさえあるくらゐです。時には坑夫がさういふ人間を見たともいはれてゐますが、多くの場合には、彼等は坑道の中で槌を振つてゐる音を聞いたといふのであります
 
コオンウォルの小人の話は、鉄鉱を捜して歩いた人々から、錫の鉱脈を追ってゐた人々に伝はつたやうであり」、とグウルドは鉄鉱の坑夫から錫鉱の坑夫に伝わったと見ている。
 
鉄で製造すること、従って鉄鉱を採取することは、往時は、と云はず在る場合には現今でも、ある特殊な民族に限られてゐるやうです」。
 
セイロン島や印度でも、錬鉄業は、特殊な人々に限って行はれてをります。鋭利な刃を鋳るためには、彼等はわれわれの窺ふことにできないほどの労力と時間とを捧げてをります
 鉄を採掘し、鋳る技術を専門にした部族がいて、彼等は一応に小人の伝説をもっている、ということを推測したわけだ。
 
 日本にも、鉄の採取と錬鉄の特殊技術者がいて、その一人がやはり、小人の「少子部スガル」。じつに分かりやすい話なのではないか。
 三輪山が鉄の産地(砂鉄あるいは鉱石)で、周辺で鍛冶が行われていたのが確かであれば、欧州などの小人鍛冶屋の伝説同様に、古代日本でも、少子部連スガルが雄略天皇三輪山の神を捕って来いと云われた話は、三輪山の鉄を採って鉄刀を作れと云われた話の変型と考えてもいいのではないか。
  
三輪山麓に鉄があった。だから王権はこれを得て、ここにその権力の中枢を置いたのである」(河上邦彦三輪山と鉄」)。もっと、話を進められないか。