都の兎と冷やし中華の謎がとけた

 京の知人は、祇園祭宵山の様子をFACEBOOKに上げていた。「38度を超えて汗だく」だと。昨年同様、函谷鉾、菊水鉾、占出山と回ったようだ。
 
 昨年、祇園祭宵山の昼、皆で貴船の右源太で川床料理を楽しんだが、店の襖で見つけた兎のデザインの由来が、テレビを見ていて判明した。

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 中村芝翫丈が京都を回るBS朝日の番組で、1624年創業の唐紙つくり「唐長(からちょう)」(修学院水川原町)を訪ねていた。店が保存する江戸時代以来の唐紙板木650種の中に、この兎2羽の踊るような模様の板木があったのだ。

 江戸時代の最盛期には、唐紙つくりは京に13軒あったが、今は「唐長」だけになってしまったという。店に残る最古の板木は寛政3(1791)というが、意匠はその前の面影をとどめているのだろう。
 
 京へはいけなかったが、テレビを見て、簡単に気になっていたことが氷解してなんだかうれしい。
 
 では、この兎のデザインは、なんなのだろう。安土桃山時代から江戸初期に大流行した「波うさぎ」らしい。琵琶湖の湖面の波を駆け回る兎をデザインしたものだ。
 
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 謡曲竹生島に出てくる一節が、もとになっているという。醍醐天皇の治世、大臣たちが春に休暇を得て、琵琶湖の竹生島竹生島明神の参詣に出かける。ちょうど翁と海女の乗る釣り船があり、一行は乗り込んで島に向う。
 船上からの景色の面白さー。

緑樹影沈んで魚木に登る気色あり
 月海上に浮かんでは兎も波を奔るか
 面白の島の景色や

《緑の樹影が湖に映って、魚が木を上っているかのよう
月が湖面に映って、月に棲む兎が波の上を走っているよう》
月の兎が湖の波をかける様子が、この唐紙のデザインだった。
 
 古い美術品ばかりか、什器にも用いられている由。
 
 近所の中華屋の冷やし中華のなぞも解けた。店では、冷やし中華は大盛料金を取らないのだった。
 ではなぜ、2度目に冷やし中華大盛を頼んだ時、冷やし中華の半チャーハンセットを持ってきたのか。大盛の注文が増えては利が薄くなるので、大盛のお客に対しては、一応半チャーハンとのセットを持ってきて、おばさんは、こんなセットもあるよと、アピールしているのだった。
 
 連日の猛暑日、大盛冷やし中華を食べて、波うさぎのように暑さを駆け抜けるしかないようだ。