作曲家のバルトークが見抜いたように、キプリングの小説が甘くないのは、ジャングルで少年が1人で暮らさなければならない設定からしてその通りなのだが、その設定の背景には、キプリングの英国での多感期の少年時代が大きく反映している。
キプリングは6歳の時、妹とともに、英領インドのムンバイから、両親に連れられて英国に向う。子どもに英国での教育を受けさせるためだった。
読んでみると、ちょっとしたホラー小説なのだ。
両親はインドに戻り、兄妹2人だけで英国に残されてしまう。2人が託された寄宿先の夫人は、主人公パンチをいじめ抜くのだった。熱心な宗教信者の夫人は、本に夢中になって、あれこれ質問する好奇心の強い少年が気にいらない。少年から本を取り上げ、鞭棒で背中を叩く体罰を加える。
「兄は黒い羊だから口を聞くな」と妹に命令する。夫人の息子も「お前は嘘つきだ、子どもの癖に嘘つきだ」と説教し、母親に密告する。唯一の頼り、寄宿舎の主人は、結局妻の行き過ぎた行為を止められず、病死してしまう。最愛の妹からも冷たくされた主人公は、自暴自棄になって、「自分は黒い羊だ」と思うようになってしまう。
6年経って、事態を察知した母親がインドからやっと助けに来た。
キプリングの小説の止めは、恨みが篭っている。
《「ほら! 言ったとおりだろう。すべてが変わったのさ。僕らは昔と変わらず母さんのものなんだ」
そうではない、パンチ。子供の口が憎悪と嫌疑と絶望の苦い水を一度深く呑むと、この世のすべての愛があってもその思い出は取り去ることが出来ない。たとえ愛が、冥い目を片時,光の方に向けてくれようとも、そして、信頼のなかった処に信頼をもたらしてくれたとしても》(橋本槇矩訳)
ジャングルブックに戻ると、なんで少年はジャングルで住まなければならなかったのか。狼の家族の一員として育てられながら、また黒豹や熊の先生に鍛えられながら、どうして宿敵の虎シヤカンと対決しないとならなかったか。
成長する少年の物語の複雑な背景に、少年の時に飲んだ「苦い水」があると思うのだ。