ご近所の大聖堂サボール

 事務所から坂を上るとニコライ堂がある。信者以外の大聖堂の立ち入りは、ずっと出来なかったが、ある時から拝観料代わりの少額の「お布施」で、大聖堂の中を見ることができるようになった。元日に息子と初詣の折りに立ち寄り、絢爛とした内部装飾とイコン像に驚きながら、男声合唱の荘厳な賛美歌を聴いたときの静かな感動は忘れられない。
 正教の大聖堂はロシア語で「サボール」(COБOP)。ニコライ堂もサボールだ。

イメージ 1
 今、俳人の飯田蛇笏を読み直しているが、満州を旅行した際、サボールの句を残していた。「中央寺院」と書いて、サボールと読ませている。
 
「中央寺院(サボール)の衷甸(ばしゃ)駆る木の間パスハ祭」
「中央寺院(サボール)に夕虹をみて衷甸(ばしゃ)を駆る」
 
 パスハ祭は、正教のイースター=復活祭。ビーサンカ(イースターエッグ)を拵え、四角錐のパスハ菓子、円筒形ケーキのクリーチを食べる。パスハの句はほかにもある。
 トロイカの鈴遅月(おそづき)にパスハ祭」
「揺籃にパスハ愉しき双生児」
「パスハの夜広場は星斗みどりなり」
 
 旅でパスハの祝祭に出くわした蛇笏もまた、気持ちが華やいでいるように思える。
 
 ニコライ堂から下ってゆくと、神保町に出る。
 神保町には、喫茶店「さぼうる」がある。最近入ったが、木の机、小さな木の椅子と昔ながらだった。外国人の女主人がいて、3時間も4時間も長居した僕たちの卓に水差しを持ってやってきて、コップの水を床にぱっと捨てて、新しく水を入れながら、「いい加減にしたら」といわれた学生時代の懐かしい思い出がある。
 てっきり、店名は、聖堂のサボールから取ったものと思い込んでいたが、スペイン語のSABOR(味、風味)から命名したものだった。
 
 ニコライ堂ばかりでなく、駿河台下、神保町にはロシアのかすかな匂いがする。学生時代、冬になると出かけたロシア料理店「サラファン」はいまもある。壷焼きガルショークが好きで、蓋になっているパン生地を崩してカップの中のキノコ入りのシチューを食べるのは、楽しかった。
 神保町には、「ナウカ」などロシア語書籍の専門店はいまも残っている。
 
 松任谷由実の「緑の町に舞い降りて」はとてもいい曲で、「モリオカ(盛岡)というその響きがロシア語みたいだった」と歌っている。僕の好きな、彼女の別の曲「ベルベット・イースター」を、パスハ祭とも重ねてみる。
 
 ちなみに、モリオカはロシア人が発音すると、モーリアカか、マリオーカか、マリアカーになる。