象のノート(7)
「ジャングルブック」の児童小説で知られる英国の詩人、小説家のキップリング(1865-1936)は、ノーベル文学賞の受賞者でもある。英国統治下のインド、ムンバイで生まれ、ロンドンで少年時代を過ごした後、インドの新聞記者としてアジア(日本も含め)、豪州、南ア、北米を回って、19世紀の英国植民地下の様子をたくさん描いた。
兵士と娘の2人が時を過ごしたミャンマーの寺院が冒頭に出てくる。
「古きモルメンの五重の塔下、東方海を眺めつつ、
ビルマの少女独り座し、我を思ふを我は知る。
棕櫚の葉蔭に風薫り、寺の鐘どもかく語る。
『帰っておいでよ、ブリテン兵士。帰っておいでよ、マンダレへ。』」(中村為治訳)
寺院を訪ねたボリスは、チャンネル4らの取材陣の要望で、金色の大きな鐘を3度ほど撞木で鳴らした。
その直後、ボリスが口ずさんだのを、TVがとらえていた。
「寺の鐘どもかく語る。『帰っておいでよ、ブリテン兵士』」
キップリングの上記の詩の一節だ。
と、隣にいた英国の駐在大使はすかさず、「Not appropriate(ふさわしくない)」と忠告して、止めさせた様子をTVが伝えた。そんなニュースだった。
18-19世紀、インド、東南アジアと植民地化を進めていた英国はミャンマー(ビルマ)とも3次にわたる戦争の末、1824年から1937年まで植民地統治した。しかも、独立国だったビルマは、英領インドの一州として扱われた歴史がある。
その時代を歌ったキップリングの詩だから、外相という立場を考えて、大使は止めたのだろう。
この詩に、象が登場する。
「彼女はバンジョー手に取って、『クッラローロー!』と歌うたふ。
腕を私の肩に乗せ、頬を私の頬につけ、
よく二人(ふたあり)で河蒸気船とチーク積み込む象を見た。
象はチークを積み込むよ、
泥溝泥水(どぶどろみず)の淀みに立って、
四辺(あたり)は重くしんと静まり、口もろくろくきけぬほど!
マンダレ指しての道すがら、等。」
象は鼻を丸めて、伐採されたチーク材を銜え、船に移していたのだろう。
象が植民地での労働力に組み込まれて、酷使されていたことを、キップリングは見逃さずに描いている。
200年前には、王様の乗り物でもあった象がー。
キップリングはその時代を、キチンと描いているだけだ。BBCのWEBニュースの見出しの
「BORIS JOHNSON WARNED OVER COLONIAL POEM」のように、「植民地の詩」の一言で片づけられるのは、少し悲しい。
今回のことで、キップリングの詩は、暗唱されるほど今も英国人に親しまれていることが分かった。