売れ行きを心配する波郷の編集後記

 先輩が歌舞伎の本を秋に上梓するが、初版が500部。それも売れるか心配だから、数冊買ってほしいと飲みながら頼まれた。いいでしょう、いいでしょうと仲間で励ました。出版不況で比較的大手の出版社でも、こんな初版の数になってしまっているのだ、と複雑な思いがした。あとは注文販売らしい。
 
 戦前、著名な俳人が自分の句集の売れ行きを心配する文章を、最近見つけたばかりだったので余計感慨がある。石田波郷(1913-1969)の文章だ。
 

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「編輯後記の欄で私事に亘って悪いのであるが、僕の「鶴の眼」はとうとう八月の二十五日の夕方出来上った。何か肩の荷の下りた気持であった。(略)心配なのは賣れるかどうかといふことだ。馬酔木が四千部出るから五分の一の八百部出ても沙羅書店はもうかるのであるが、八百部賣れるとははっきりわからぬから気にかかるのである。(略)ぜひ一本お買上げ賜はらむことをお願する次第である」
 
 昭和14年俳人石田波郷が27歳の時、句集「鶴の眼」を出したので、編集に参加していた句誌「馬酔木」10月号=写真上=の編集後記で、自ら宣伝をしている。句集は作家横光利一の序を得、水原秋櫻子らの応援を受けていたが、波郷の昭和14年の年譜によると、「『鶴の眼』上梓。中村草田男加藤楸邨と共に難解派と呼ばる。褒貶甚だし」とあり、厳しい批評もあったようだ。
 
 本人は評判より、まず売れ行きを心配している。定価1円70銭。800部で1360円。単純に当時の消費者物価指数を参考にすると、今の150万円くらいにあたる。沙羅書店は友人で俳人、作家の石塚友二が経営している。波郷を応援している石塚に損をさせてはならない、と考えているのが見てとれる。
 なお、句誌「馬酔木」が45銭で4000部だと、月1800円の売り上げになる(現在だと推測月200万円)。
 
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 歌人与謝野晶子(1878-1942)の本を見て感慨を覚えたことがある。彼女の「歌の作りやう」(大正4年)=写真上=の本の最後に、添削の宣伝や短冊の販売のPRをしていたのを見つけたのだ。2円(推測で約6000円)で1人30句の批評及び加筆をするという宣伝が書かれているうえ、晶子自筆の短冊の販売もしているのだ。価格はー。
  短冊1円30銭  (推定額3900円)
  色紙2円50銭  (同7500円)
  半切7円    (同21000円)
  2枚折金砂子屏風半双箱入(百首揮毫)50円   (同15万円)
  2枚折金屏風半双箱入(百首揮毫)  100円。 (同30万円)
 送料は別で、すべて前金でとある。
 10余人の子育てをする女流歌人は、家計を切り盛りしなければならなかったのだ。
 
 安東次男「芭蕉」を読むと、松尾芭蕉もまた蕉風俳句の大阪進出などを目指した経営者の一面が伺われる。
 
 2017年、先輩の本は価格2000円として500部で・・・。がんばれ先輩。