比良のシャクナゲ、脊振のシャクナゲ

 銀杯草がすくすくと鉢植えで育っている。
 
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 嵯峨野のお寺に咲いていた植物を幾種類も頂いて持ち帰ったもののひとつだ。住職が汗水たらして、スコップで掘り起こしてくれたのだった。今回は大量に頂き、家で確かめると、シランなど7種類もあった。有難い。
 
 近所の嵐山界隈から花の種が飛んで来て、寺の庭で成長したものだ。数年前に、実生のイロハ紅葉を頂戴したのが、きっかけで我侭言っている。
 
 寺の近所の様子を確かめに、6月に天竜寺の庭も覗いてみた。アジサイなどとともに、美しいシャクナゲが咲いていた。

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 ふと、井上靖の「比良のシャクナゲ」を思い出した。その一節―。
 
比良山系の頂きで、あの香り高く白い高山植物の群落が、その急峻な斜面を美しくおおっていた。その写真を見た時、私はいつか自分が、人の世の生活の疲労と悲しみをリュックいっぱいに詰め、まなかいに立つ比良の稜線を仰ぎながら、湖畔の小さい軽便鉄道にゆられ、この美しい山巓(さんてん)の一角に辿りつく日があるであろうことを、ひそかに心に期して疑わなかった
 
 山中のシャクナゲの群落。天竜寺の花は、京都の反対側の比良山のものではなかろうが、シャクナゲの出自が気になった。
 
 去年、福岡の旅先で「国境の山岳信仰脊振山系の聖地・霊場を巡る」(伊都国歴史博物館刊)を手に入れた。中で、九州歴史資料館の岡寺良さんが、福岡と佐賀の国境に連なる脊振山系のシャクナゲのことを書いていた(「コラム 脊振山シャクナゲ」)。

 シャクナゲは、修験道の山伏たちにとって、聖なる花であったらしい。
 
シャクナゲは修験の春の峰入りの際、拝所などに立てるための植物として重要視されたもので、修験者により繁殖され、その後、野生化したものと考えられる」。
 
 さらに、脊振山の伝説を紹介していた。要約するとー。
 脊振山の弁天様が英彦山修験道の寄り合いに参加し、山一面に咲く見事なシャクナゲを見て、一株持ち帰ろうと思った。英彦山の天狗に拒否されたが、何とか持ち出したところ、怒った天狗が追いかけてきてつかまり、あわてて弁天様は脊振山の麓で花を放り投げた。花は竹ノ屋敷に落ちた。
 弁天様は、再度持ち帰りに挑戦したが、また天狗に追いかけられ、今度は脊振山系の稜線の鬼ケ鼻へ落ちた。今も脊振山には、シャクナゲは咲かず、麓の竹ノ屋敷、稜線の鬼ケ鼻にだけ咲いている。
 -というものだ。
 
 英彦山シャクナゲを移植しようとして、半ば失敗し、半ば成功した脊振山の修験者の話が、このような伝説となったのだろう。

 前に、山中に咲くシモツケという花が、山伏が育てたものでないかと推測したことがあるが、シャクナゲもまた、そうであったか。
 
 天竜寺のシャクナゲは数株に過ぎず、群落ではないが、出所が気になったのだ。