嵯峨野の天竜寺大方丈で、朝こんな、下がり藤の紋を見つけた。
なんだか、紋の上部にある三つ葉の葉柄が、十字架に見える。古いものではなさそうなので、紋を彫ったときにたまたま十字になったのかもしれない。
寺と十字架―。この組み合わせで、ふと鎌倉・東慶寺のことを思いだした。
駆け込み寺として有名な、この寺を舞台にした映画「駆け込み女と駆け出し男」(2015年)に、キリシタンのことが出てきたことだ。はじめは違和感を覚えたが、東慶寺には、キリシタンの遺宝が所蔵されていたのを思い出して、逆に感心したのだ。
また、天秀尼の周囲に、「お岩」という侍女がいたことから、イエスの弟子ペテロと結びつけ、お岩がキリシタンだったという説があるという。ペテロは、「この岩の上に私の教会を建てよう」といったことから、イエスに「ケファ(岩、石)」と呼ばれていたとされる。そのペテロの名をもとに、入信した侍女が岩という名をつけたというのだ。この説が正しいならば、天秀尼もキリシタンと関わりがあったということになる。
駆け込み寺とキリスト教とつながりは、まんざらでもないようなのだ。
映画の原案に、キリシタンを匂わした内容があるのかと、井上ひさしの「東慶寺花だより」を読んでみたところ、人情話がほとんどで、いい小説ではあるが、映画のような視点は全くなかった。脚本を担当した原田眞人監督のアイディアだったようだ(15年の毎日コンクールで脚本賞)。
キリシタンの寺が、南蛮寺と呼ばれたほか、エキレンジャ、えきれん寺と呼ばれていたのを新村出「南蛮更紗」で知った。ひょっとすると、エンキリデラもはじめは、エンキリジと、エキレンジと似た名で呼ばれていたのではないか、などとも想像してみた。