仕事を終えて、久しぶりに神保町の古レコード店を覗きに行った。戸口で店のオス猫が外を見ていた。
「あれ、寒いのに今日は店に出てますね」と店番のご主人に声を掛けると、
「やはり、夕方になると、奥から出てくるんですよ。夜行性ですから」
「あれ、耳、どうしたんです」
「あれね、去勢したという印なんです。千代田区は野良猫の殺処分がゼロなんですよ」と少し自慢げに話し出した。耳は前から切れていたのだった。
千代田区は民間の保護団体と協力して、野良猫を捕獲すると、区が費用を出して、去勢(不妊)手術を医師に依頼、耳をカットしてから、捕獲した場所に戻しているらしい。このシステムのおかげで、数年間、殺処分ゼロが続いているとのこと。
「うちは、その猫を貰い受けて飼ってるんです」
耳の一部は、去勢、不妊の麻酔手術の際、カットするので、痛くはないらしい。
他の区でも実施しているところがあり、サクラの花びらの様なので、「サクラ耳」という言葉も生まれている。
LP盤をカウンターに運びながら、そういえば、子どものころ、レコード店の歳末の安売りなどでシングル盤を買うと、耳の個所が三角に切り落とされていたのを思い出した。ディスカウントの印なのだった。
家に帰って、シングル盤を探すと、耳が切り取られたのがあった。
レコードは貴重品だったので、耳の切られたものもずっと大事に聴いていたのだ。
それにしても、あのころのレコード店は、カットの仕方にも、もっとデリカシーがあってしかるべきだったな、と思う。
サクラ耳といえるくらいに。