恵方巻と節分の「ごもっともさま」

 先週の土曜日に、高校時代の同級生の歯科医を訪ねて治療して貰っていると、隣に40歳くらいの男性患者が来て、同級生の奥さん(歯科医)に説明していうことには、

恵方巻を食べていたら、歯が抜けてしまいました」。
 
  笑いそうになるのをこらえつつ、最近は節分に東京でも「恵方巻」が席巻しているんだな、と思った。
 我が家の節分は、細が用意した豆を、玄関や硝子戸を開けて、暗闇に投げつけながら「鬼は外、福は内」の声を発しただけだった。
 子供が独立し、猫と夫婦だけで寂しくなったので、「鬼は外」といいながら、まあ、鬼でも1匹ぐらいなら、家に居てもいいかな、などという思いが心をよぎった。
 
 昨年、NHK・ETVで放送された京都の老舗旅館俵屋の特集に、節分の場面が出てきた。神主が俵屋に来て、豆をまく。「鬼は外」と神主が発すると、家人や取り巻きの人たちが、
ごもっとも、ごもっとも」と唱和する。
 
 三浦康子さんの「節分の豆まきと珍風習」によると、京都では、客商売、芸事の家で、豆まきの際、擂粉木、しゃもじ、扇などをもって、「ごもっとも、ごもっとも」と合いの手を入れるのだという。
 
 実は、遠く離れた、埼玉・秩父の古社「三峯神社」に、節分祭「ごもっとも神事」があるので、ちょっとびっくりしたのだ。三峯では、裃姿の年男が「福は内」と声を上げると、後ろに控えた添え人が大声で「ごもっともさま」と叫び、檜の擂粉木型の「ごもっともさま」を突き出すというものだ。棒の頭には注連縄、根元に蜜柑が2個つけられている。
 
 京都の擂粉木、しゃもじ、扇にあたるものなのだろう。それが「ごもっともさま」という名を持っている。
 京都と秩父とどちらが古いのか。見当がつかないまま、1年が経ってしまった。
 
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 節分の鬼やらいは「追儺」といって、4つ目の「方相」=写真が、悪鬼を撃退する漢時代の儀式を模して日本でも始めたものらしい。子供と一緒に方相が鉾で盾を叩きながら鬼を退治するのだという。(和歌森太郎監修「年中行事むかしむかし」)
 
 それが、いつ、「ごもっともさま」に変わってしまったのか、来年の節分までに、少しは見当がつくだろうか。